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第2話

 翌日は仕事も休みだったので、遊馬はのんびりと夕方まで寝て、夜になるとゲームを楽しんだ。時には友人に会ったりもするが、なにしろ平日が休みになる事も多く(特に水曜日はほぼ毎週休みだった)、他の会社員の友人達とは会うのも難しい。結果的にゲームの友人と過ごす事の方が多くなっていた。  その日もオンラインゲームで複数のフレンドと遊んだ。カイは来なかった。珍しい事だ。カイはほぼ毎日居るのに。まぁ飲みで忙しいのだろうと遊馬はそれだけ考えて、心配などはしなかったし、他のフレンド達も事情を聞いていたらしく、カイの事には触れなかった。  深夜になると大半のフレンドは寝てしまう。遊馬は夜に強い方なので、朝までゲームをしている事も有るぐらいだが、他のメンバー達は一二時を境に続々と落ち始め、二時を回るともう数人しか残らない。  その日は結局、最後には遊馬一人になっていた。一人でゲームの攻略を進めていると、ふいにカイがオンラインになる。 「お、帰って来たのかね」  遊馬は呟いて、そのままゲームを続けていた。するとカイがオンラインゲームに合流してくる。何も言わずに来るのは珍しく、遊馬は驚いた。大抵の場合、彼はチャットで了承を得てから来ていたのに、珍しい事だ。急いでヘッドセットを用意していると、「こんばんは」とカイの声。  心なしか、楽しそうだ。 「こんばんは。……カイちゃん、酔ってんの?」 「えぇ、ベロベロに」  ろれつは回っているが、妙に機嫌が良い。かなり酔っているのかもしれない。こいつはゲームするどころじゃないな、と思っていると、「今日は店の子と飲みに行ったんです」とカイ。 「彼が出来たとか散々自慢されましたよ。のろけっていうのはどうも慣れませんね。仕事柄よく聞きますけど、僕はあんまりそういう経験が無いから、判らない事ばかりで……まぁ疲れます。まだ恋愛経験が多いと違うかもしれないですけど」  妙によく喋る。今なら何を話しても大丈夫だろうか? 遊馬はそろりと探りを入れてみる。 「そういえば、カイちゃんって何の仕事してるんだい?」 「小さなブティックの店員って奴です。何人か部下が居ます。それなりに評価されてると思いますけどね。体型に合わせて選んでくれるって評判で……」  聞いてない事まで、よく喋る。 「ブティックって……接客業? カイちゃんは……失礼だけど、出来んの?」 「失礼ですね、これでも接客には自信有りますよ、……疑ってます? なんなら今度店に来てくれればいいんですよ、男物もちょっとは有りますし。店、教えますよ。僕もすぐ判る筈です、店に男は僕だけなんで。場所は○○の国道沿いで、△△△って名前……」 「わあ、行かない、行かないからいーよ!」  これは相当酔っている。世間話どころか、個人情報までだだ漏れだ。遊馬は呆れて、「もう寝なよ」と促した。すると「そうですね、ちょっと遊んでから……」と言うので、「俺はもう寝るよ」と慌てて付け足した。そんな予定はなかったが、そうでも言わないとこの酔っ払いが寝そうにない。  するとカイは少し考えてから、「そうですか、じゃあ、僕も寝ます」と呟いた。「おやすみなー」と挨拶して、そそくさとパソコンの電源を切る。  ○○とか、すごい近くだし。  そして何故だか、カイの店の事が気になってしまった。  翌日は夜勤の日で、しかも先日キャンセルになった仕事まで入って来たから、結局帰宅したのは朝だった。流石に疲れ果てていたので、軽く様子を見てから寝ようと、パソコンを付ける。午前中は人も少ないが、紅が居たのでテキストチャットに入ると、彼女は『カイちゃんが買った!』と言ってくる。 『何を?』 『私がやってる恋愛ゲーム。まさか本当に買うとは思わなかった』 『おお……そいつは驚きだね』  あの物静かでやる気の無さそうなカイが、恋愛ゲーム。想像しただけで少しおかしかった。それからも少々話した。何やら、『男の子達がかっこ良くてキュンキュンするんだけど、結構落とすの難しかった』とか『その時の雰囲気とかで正解の選択肢が違うんだよね』とか言われたが、いかんせん疲れていたから、あまり頭に入らない。今日はもう寝るよ、と断って、遊馬はパソコンの電源を落とした。  夜中まで眠っていた。よほど疲れていたらしい。もぞもぞ起きて、パソコンをつけると、カイが居た。テキストチャットに『こんばんはー』と書きこむ。 『昨日は飲み過ぎてたみたいだけど、大丈夫かい?』 『え?』 『ああ、昨日じゃなくて、一昨日になるのかな? カイちゃん飲みに行ってたよね』 『ああ』  カイはややして、『覚えてないんですよね』と返事。 『まじで?』 『ええ』 『そうかぁ』 『僕、何か言ってました?』 『うんにゃ、店がどーとかこーとか。大した話はしてないよ』 『そうですか』  本当はいつもとは違う事を話した。というより個人情報を知ってしまった。けれど黙っている事にした。知らぬが仏、という奴だ。ただ何故それで自分の良心がこんなに痛むのかは、よく判らない。何故だか心臓がばくばく言った。 『ところで、行きたいクエストが有るんですが』  簡単に話題を打ち切ってくれて、遊馬はほっとした。カイがそっけない事に、これほど感謝した事も無い。何事も無かったように「手伝うよ~」と返事をした。  たまに実家から買い出しの手伝いなどを要求される。まぁトイレットペーパーだとかティッシュペーパーだとか、軽い割に大荷物になるから、ある程度仕方無いのだが。平日が休みで、三一にもなって一人身だし、頼みやすいのだろう。朝からドラッグストアやスーパーをはしごして、車に荷物を詰め、実家への帰路についてしばらく。ふとカイの事を思い出した。 「そういや、近くだったっけね……店の名前しか判んないし、見つからないか」  んーでも、国道沿いって言ってたかな……。遊馬はそう考えながら、車を走らせる。国道なんていくらでも有る。ブティックだって、いくらでも。第一、見つけたからどうするというのか。  そう考えつつも、遊馬はなんとなく、いつもは曲がらないような角を曲がって、辺りを見渡した。 「こんばんは」  いつも通りの味気無い声。「こんばんはー」と応えて、「今日はどうするんだい」と問う。 「僕のクエストはあらかた終わったんで、遊馬さんのが残ってればそれに行きましょうか」  そう言う声もいつも通りのはりの無さで、遊馬は複雑な気持ちになった。  昼間。  ついに見つけてしまったブティックに、男は一人しか居なかった。細い体、少し明るい色の髪、優しげに笑って、明るく接客している姿。遠目に見たから、それ以上の事は判らないが、その姿は遊馬達が知っているものとは随分違った。 (本当はあんな顔して、楽しそうに出来るのに)  俺と遊ぶのは楽しくないって事なのかね。そう考えて嫌になった。楽しくない事は続かない。普段接客をしている人間は、プライベートではそういう事を避けたりもする。逆に言えば、心からリラックスして遊んでいるのかもしれない。  そう思っても、なんとなく。  なんとなく、面白くない。  しばらく何事も無く過ごした。仕事をして、ゲームをして。特に変わった事は無かった。特に、遊馬にとっては。  だから。 「遊馬さん、折入って話が有るんですけど」  ある日。カイに突然そう言われて、遊馬はきょとんとする。 「何、急に改まっちゃって」 「相談が有るんです」 「相談?」 「僕と、リアルで、会ってくれませんか」  一瞬、頭が真っ白になった。会う? リアルで? つまり、本当に会うという事。店で見たカイの姿を思い出して、それから「へっ!?」と声を出した。 「嫌ならいいんです。でもこればっかりは、ボイスチャットやテキストチャットでどうにかなる事でも、ないんで」 「そんな大事な事なの? なら本当の友達とかに相談した方が……」 「僕には今、頼れるのは遊馬さんだけなんです」  普段、どちらかといえば、自信たっぷりのカイが、頼ってきている。  悲しいかな、男は頼られると、弱い。

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