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第3話

 はめられたような、気がする……。  遊馬はそう冷静に考えつつ、硬直していた。 「遊馬さん、聞いてますか?」 「え、うん、まあ……」 「なら返事をして下さい。もう一度言いますよ。僕と寝て下さい」 「……添い寝的な、意味で……?」 「どうしたらそういう意味になるんですか」  カイは真顔だ。遊馬も混乱し過ぎて真顔になっていた。確かに、バスタオル一枚にされて、ベッドに座っている状態で、カイまでめっぽう薄着、おまけにここはカイの部屋で、しかも妙な雰囲気なのに、添い寝のわけがない。  だが、二人とも男で、しかも(リアルでは)初対面なのだ。 「えーと……カイちゃん、落ち着いて……」 「僕は落ち着いてます」 「……なんで、そういう事、し、したいの?」  そう聞いても、カイは真顔のまましばらく答えなかった。  そもそも、こうなるまでもかなりおかしかった。話が有るからと二人は会う事になり、水曜日はお互い休みのようで、昼間に合流する事にした。ファストフード店に入ったのだが、カイは特に何も言わない。遊馬が時々話を振ったが、それもすぐに終わってしまう。  気まずいばかりの時間が過ぎて、ふとよそ見をしたら、カイのコーヒーカップが倒れて、どばあとばかり、二人してコーヒーでどっぷり汚れた。幸い冷えていたが、一口も飲んでなかったのか、カップいっぱいにコーヒーが入っていたから、少し汚れるとかそんな程度ではすまなかった。 「ごめんなさい、倒してしまいました。服が汚れてしまいましたね、僕の家に来ませんか、近くだし、そのままじゃ気持ち悪いでしょう、シャワーでも浴びて着替えた方が良いですよ。着いて来て下さい」  え、いや、と断る暇も無く、カイが移動を始めたものだから、遊馬も慌てて着いて行くしか無かった。辿り着いたマンションはそれなりに高そうな所で、カイの部屋はワンルームでは無かった。物の少ない、モデルルームのようなリビングに、ちょこんと大型TVにソファ、デスクトップパソコン。 「シャワー浴びた方がいいですよ」  ずずいとバスタオルを渡され、バスルームに押し込まれた。いやいや……と思ったが、確かに服がベタついて気持ち悪いのは気持ち悪い。ちょっとだけ……というつもりで入ったのが間違いだ。知らないバスルームで恐る恐る体を洗って、出てみたらもう自分の服は洗濯されていた。 「遊馬さん、体格良いですね。僕の持ってる服で入るの有るかな……」 「いや……なんで洗ってんの……全部……」 「全部汚れてましたよ」  上着も下着も何もかも洗濯機の中に入れられていた。呆然とする遊馬をよそに、カイは「ここの部屋で待ってて下さい、そこに出して有るのが大きいサイズなんで、着れたらどうぞ。僕もシャワー浴びてきます」と早口に言って、バスルームに消えて行った。これでは帰れない。  カイの言っていた部屋は寝室と思わしき部屋で、ベッドの側のテーブルに幾つか服が置いてあった。が、どれも遊馬には小さい。うーん、と悩んだ末に、結局バスタオル一枚でぼうっと待つ事になった。そして、なんとなくベッドに腰掛ける。  一体何がどうなってるんだ。この時点で遊馬は多少、不自然さを感じていた。何だか事が変な方向に進み過ぎている気がする。その違和感が何なのか、よく判らない。昨日もなんだかんだ、遅くまでゲームをしていたから、少々眠い。頭がうまく動かないのだ。  と。  薄いルームウェアを着たカイが部屋に入って来た。遊馬を見て「やっぱりどれも入りませんでしたか」と言った後、何食わぬ顔で遊馬の隣に腰掛ける。 「大事な話が有ります」 「う、うん」 「僕と、ゲームをクリアしてほしいんです」 「クリア?」  急にゲームの話になった。ゲームの手伝いぐらいならオンラインでいくらでもするのに、ああ、もしかしてオフゲーなのかな? 一緒に居る人とじゃないとゲーム出来無くて、リアルにゲーム友達が居ないとか、そういう……。  遊馬がそう考えていると、カイは真顔で、 「僕と、寝て下さい」  そう言い放った。 「なんで、なんでゲームをクリアするのに、カイちゃんと寝なくちゃいけないの」 「前に紅さんが買った恋愛ゲームの話をしたでしょう」 「ああ、カイちゃんも買ったって言ってたね」 「僕はもう少しで全員落とせるんです。つまり、クリア出来る」 「はあ、そりゃおめでとう……」 「でも出来ないんです」  カイはじっと遊馬を見ている。遊馬もどうしようもなくて、カイをじっと見ていた。なんというか、まつ毛が長い。近くで見ると顔立ちもよく判った。サラリとした明るい色の髪、少し垂れ目なのだろうか、それでもおっとりとした風には見えないのは、日頃の言動のせいか。 「僕は恋愛とかそういう経験が少ないんです、だから最後の数人が上手く落とせない、何度やってもです」 「カ、カイちゃん落ち着いて……攻略サイトとか……」 「そういうのに頼るのは、負けだと思うんです。僕は自力で攻略したいんですよ」 「そ、そりゃあまあ、判らなくも無いけど……だからって……」 「いいですか、恋愛は確かに恋とかそういうものから始まる事も有ります。でも最終的には体に行きつくんですから、体まで行ってしまえば後から心が付いて来るって事も、有ると思うんです。サイトにそう書いてありました」  何のサイト見たんだよカイちゃん、第一その理論じゃ世の中にレイプって存在しない事になっちゃうよ……。遊馬はそう思うのだが、あんまりカイが真剣だから言えない。ついでに言えば、なんというか、カイの髪は妙に綺麗だ。髪には気を使っているのかもしれな、 「聞いてますか」 「聞いてる、聞いてるよ……」 「だからお願いです、僕と寝て下さい。何も恋人関係になりたいと言ってるわけじゃないです、このゲームがクリア出来るまでの付き合いだと思ってもらえば」 「で、でもねカイちゃん」 「遊馬さんいつも、僕を手伝ってくれるじゃないですか。確かにこれはゲームの域を越えてるかもしれない、でも僕には頼れるのは遊馬さんしか居ないんです。こんな事他の誰にも頼めない」  そりゃそーだろうよ。紅や他の女の子に頼んでいれば、セクハラで今頃お縄だろう。他の男性フレンドも大半は既婚者で、フリーで親身にしているのは遊馬ぐらいなものだ。他に当てが無かったのだろう。  だからといって、だからといって。 「あの、……なんでそこまでして、クリアしたいの? カイちゃんだって別に男とそういう事したいわけじゃないよね……」  そう言うと、カイは少しだけ眉を寄せた。 「……僕、接客業です」 「ん? うん」 「昔からちょっと、色々有ったんですけど。対人の事って、自分がどんなに努力しても、正解って無いんですよね。よかれと思って頑張って怒鳴られたり、手を抜いてやたらに褒められたり。疲れるんですよ、そういう不安定なの。でも、ゲームは僕を裏切らないじゃないですか」  だいぶ話が飛んでいる。だが遊馬は追及する気にもならなかった。つまりカイは何処か歪んでいるのだ。まあ、ネットゲームに執着している人間は、誰しも大なり小なりそういうものだ。何処か欠落している人間の集まり、という世間の評価は正しいと遊馬も思っている。尤も、何も欠落していない人間なんてこの世に居ないとも思っているが。 「……つまり、カイちゃんにとっては、その……クリアする事、大事なのね」 「遊馬さんもそうでしょう?」 「まあ、カイちゃんほどじゃないかもだけど……」 「なら、手伝って下さい。お願いします」  恐らくこの事はカイにとって大きな問題なのだ。たぶんカイを知っているリアルの人間なら、「何を馬鹿な事を言ってるんだ、目を覚ませ」と一蹴して終わりだろう。逆に言えば、言えない遊馬を利用しようと思ったのかもしれない。ただまあ遊馬も、カイの事が嫌いではない。むしろ、さっきから、わりと良い顔しているなあとか考えてしまう。自分に比べればかなり華奢であるし、しかし女の代わりにするには細すぎる……。 「遊馬さん?」 「……判った、判ったよ。手伝うよ。でも俺、男とはそういう事、した事無いから、上手く出来るか知らんよ」 「大丈夫です、僕に任せて下さい。ちゃんとサイトで下調べはしておきました」  攻略サイトは見ないのに、なんつーもんを見てるんだよ。遊馬は眉を寄せたが、カイは相変わらず真顔だ。にこりともしなかった。  ベッドに二人で横になって。カイが任せろと言ったから、最初はほぼまぐろで任せていた。困惑しながら見ていると、カイは遊馬の体を愛撫してくる。それが女にするそれに似ていたので、不安になった。 「……カイちゃん、もしかしてこの話、男役とか女役とか、有るの? 俺ホモの事はあんまり詳しくないから知らんけど……」 「僕だってホモじゃないですよ」 「そうじゃなくて、……どっちが女役とか有るの?」 「当然遊馬さんですね」  そうきっぱり言われ、遊馬は驚いて飛び起きた。カイも流石に驚いたらしく、少し遊馬から手を離した。 「ちょ、ちょい待ち、そりゃ無いよ、そりゃあ無いよ!」 「何ですか、いきなり」 「いいかカイちゃん、よく考えてみなよ、俺はカイちゃんのゲーム進行に付き合わされるほうだよ、手伝いに来てる、判る? なのに俺が女役ってそりゃ過酷過ぎるんじゃない、どっちかと言えば俺は被害者側なわけ、だからそこは、カイちゃんが辛い役を引き受けるのが人情ってもんじゃないのかい、ねえ」  驚き過ぎて自分でも何を言っているのか判らなくなってきた。要するに女役は嫌だ。ホモの事はよく知らないが、穴は一か所しか無いのだからどうなるのかぐらいは想像出来る。もちろん入れるのも嫌だが、入れられるのはもっと嫌だ。 「……」  カイは何か思案するように、あるいは不愉快そうに深く眉を寄せていたが、やがて「いいでしょう」と答え。 「全部僕のワガママですから、そこは譲りましょう。でも遊馬さんはやり方知らないんですよね。変わらず僕に任せてもらえますか」 「う、うん、でも、でもさ、その」 「はい」 「……やっぱりさ、その、恋人でもないのに、その、無理じゃないかな、その、最後までいきなり行くのは……色んな意味で……」 「……やってみれば判る事です」  そしてカイは相変わらず、勝手だった。  最初はカイが遊馬を愛撫していた。体を撫でて、時々舐めて。電気は付いていないから、薄暗くて良いが、何しろなんというか、静かだ。非常に落ち着かない。遊馬は頭の中で今やっているゲームの事を思い出していた。ああ、いつも倒していたドラゴンが懐かしい。飛んで行って、着地して、一、二、の三で頭をひっぱたく……。 「遊馬さん」 「う、うん!?」 「僕のも触って下さい」  の、も。のってなんだ、のって。遊馬は一瞬判らなかったが、カイが遊馬のソレに触れたから、判った。うわああ! と叫びそうになった。流石にそうなって来ると、羞恥とか嫌悪とか色んな感情が湧いて来る。やんわりと触られるのが妙な感じで、遊馬は硬直していたが、「遊馬さん」と名を呼ばれて、のろのろとカイのそれに触れた。他の男に触れるなんて初めてだ、たぶん、子供の頃父親と戯れていたりしたら、その限りでもないかもしれないが。しかし、カイのそれは特に反応していない。  出来るのかよ。  遊馬が思ったのはそれだった。肝心のカイが少しも楽しんでいる様子が無い。こんな事で何が出来るというのか。しかしカイが愛撫を続行してきたから、遊馬もするしかなかった。あまりに居たたまれないので、暗がりの中でカイの顔を見てみる。  相変わらず表情が……無いと思っていたのだが、先ほどから真顔をじっと見ていたものだから、多少の変化が見て取れた。僅かに眉を寄せている。懸命に真顔を保とうとしているような様子も見られた。軽く唇を噛んでいるようにも思う。何かを堪えているようだ。そしてそれが恐らく遊馬によって与えられている刺激だろうという事は想像出来た。触っているカイが反応し始めたからだ。 (あ、なんか、かわいい)  ふと頭を過った言葉に、遊馬は眉を寄せた。可愛いというのはもっと違う人種に向けるべき言葉だ。こんなよく判らない男に向けるべきではない。が。  疲れた、とでも言うように、遊馬の隣に転がったカイが、それでも愛撫を止めないし、転がったせいでやや密着した体が、時折びくりとひきつるのが、なんとなく、なんとなく、かわいいと思う。  しばらく続けていると、そろそろ我慢も出来なくなったらしい。カイが溜息のような呼吸を始める。時折何か言おうとして、しかし口を噤むを繰り返す。ああ、と遊馬は少々楽しくなってきた。自分のも触られているから、遊馬だって余裕は無くなってきているが、そのせいなのか、妙に楽しい。もっと苛めてやりたいと思うのは男心だろうか。対象は間違っているが、もうここまできたらどうでも良かった。  ぐいぐいと力を込めて擦ってやると、堪え切れないらしく時折小さな声を漏らす。何か文句を言おうとしているらしいが、なかなか言えないようだ。身でも護るかのように少々体を丸めていて、時折震える。ああ、おもしろい。遊馬は愉快な気持ちになって、ますますカイを苛めた。 「ちょ、……あの……っも、……もういいです、……からっ」  途切れ途切れに何とかそう言って来た。が、「ん?」と聞こえないフリをしたら、カイは軽く舌打ちでもしたような気がする。気のせいかもしれない、とにかく悔しそうに何事か呻いていた。見ると空いている方の手はぎゅっとベッドのシーツを掴んでいたし、脚は少々震えていた。  ああ、と自分も男だから理解する。だから黙って早く手を動かしてやった。「ちょ」とカイは一言漏らして、それからぐっと黙った。息も止めているようだ。そのまま続けてやると、カイは一瞬息を呑んで、それからビクビクと精を吐き出した。  カイの手は御留守になっていたから、遊馬はまだ満足はしていなかったが、だが妙な優越感を覚えて、いい気分だった。たぶん、気の迷いだが。

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