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第5話

 翌日からもカイは全く態度を変えなかった。あんな事が有ったとはとても思えない素っ気無さ。あれは悪い夢だったのではないか、とさえ思う。  しかし皆でテキストチャットをしている時、紅が『カイちゃんは例のアレ、クリアしたの?』と尋ねた。そしてカイは『まだですよ』と答える。 『珍しいね、カイちゃんならもうクリアしてるかと思った』  そういう事言って煽るの止めれ、被害に合うのは俺だぞ。遊馬は叫びたかった。カイはその事について何の反応もせず、ただ黙っていた。嫌な予感しかしなかった。 「明日会いますよね?」  あれから一週間が経とうという時、ボイスチャット中にカイが突然そう言った。 「えっ」 「明日、会いますよね?」  繰り返された。聞こえないフリはさせてもらえそうにない。 「ど、どうすっかな~」と言えば、「すっぽかしたら呪いますよ」と冗談とも本気ともつかない言葉。 「……カイちゃん、まだクリア出来そうにないの……」 「じゃないと会うとか言わないでしょ」  もう何か言うのも面倒になってきた。溜息を吐くと、どう思ったのやら「僕だって努力してるんです」と的外れな言葉。 「会ってくれますよね」 「あー、はいはい。会うよ会うよ」 「前回体の関係になりましたけど、まだ足りないみたいなんです。だからもっと、恋愛っぽい事をしたほうが良いかもしれません」 「はあ……」 「デートしませんか」  遊馬はもう一度溜息を吐いて、「何処に?」と尋ねる。もう知った事ではない。どうにでもなれ、だ。 「恋人っぽいところが良いですね。食事もしたいですし……」 「あー、んー、カラオケとか?」 「僕、歌いません」 「あ、そう……あー、じゃあ……水族館とかは?」  何気なく言ってしまった事を、遊馬は激しく後悔していた。  それなりに歳のいった男が二人、平日の昼間から水族館。あまりに異様だ。しかし平日の昼間から男が一人でも、十分悲惨でどうやってもいい気分にはなれない。しかも、やはり会話の一つも無かった。困り果てて遊馬はずっとミズクラゲの水槽を見ている。  ふわふわ、ゆらゆら、ぷかぷか。あぁお前らは気楽そうでいいな……。遊馬は溜息を吐いて、そしてカイが居ない事に気付いた。  慌てて探しに行くと、カイはフードコートで一人、変な色のソフトクリームを食べている。 「……カイちゃん、何それ……」 「アボカドマンゴーミント風味ソフトです。こいつはなかなかいけますよ」 「ホントかよ……」 「遊馬さんもいかがですか? 投げ捨てたくなるような味ですよ」 「要らないよ、そんなの! 不味いんじゃん!」  全く、何を考えているのかサッパリ判らない。判りたいとも思わないが。遊馬はまた溜息を吐いた。  別に悪い奴ではないと思っている。少しプライドが高過ぎて、口が悪くて、自分勝手で、言動に脈絡が無くて、悪ふざけが過ぎるぐらいだ。そう考えていると、良い奴にもとても思えない。遊馬はますますげんなりしてきた。  そんなのに、いいように振り回されてる自分。そう考えるとなんだかアホらしくなってくる。なんでこんなのに付き合ってるんだ、俺。つくづくそう思うのに、何故だか帰るとも止めるとも、言えなかった。 「やはり体を重ねるだけで恋愛関係を知ろうというのには、無理が有るみたいです」  食事もして、やはり無言の時間を過ごし。帰宅してお互いシャワーを終え、ベッドルームでしばらく佇んでいると、カイがそう呟いた。 「……今、気付いたの……?」 「という事で、今日は少し恋人らしい事を交えつつ、しましょう」 「するって……何を?」 「そんな事も判らないんですか?」  カイが呆れたような顔で言う。遊馬も呆れた。判っていないわけがない。とぼけて回避出来るならそうしたかっただけだ。こんな事、お互いにとって何の得も無い。  そうは思いつつも遊馬はカイに付き合う。一度手伝うと言った以上、最後まで続けないと、男がすたる気もする。たぶん(いや、どう考えても)気のせいだが。 「……んで、具体的には何すんの」 「まずは、ハグをしようかと」 「ハグ?」 「恋人同士が抱き合うような感じで、よろしくお願いします」 「……あいにく、あんまり経験が無いんで、よく判らんけど……」 「奇遇ですね、僕もです」 「……」  もう何もかもどうでもいい。とりあえず、カイを抱きしめてみた。カイは細くて、男だから骨ばっているし、抱き心地はよく無かった。 「……遊馬さん、筋肉有るんですね」  カイが抱きしめられたまま呟く。仕方無く、といったふうにカイも遊馬の腰に手を回していた。身長差が有るから、遊馬はカイの髪に顔を埋めるぐらいの位置になった。 「まぁ、仕事も有るし、それなりに鍛えてっけど。カイちゃんはそういうのしないの」 「仕事柄あんまり必要無いですしね」  それからまた会話が途切れた。やる事も無くて、遊馬は落ち着かなかったが、ふとカイの髪からいい匂いがする事に気付いた。 (あー、接客業だし、いいシャンプーとか使ってるのかね? 好きな匂い……)  そうしてしばらく経つと、何だか妙にそわそわしてきた。開けてはいけない扉を開けそうになっている気がしたのだ。 「遊馬さん」 「ん、うん?!」 「人肌って存外温かくて、心地良いものですね」  コメントに困る。遊馬は困り果てて何も言わなかったが、それでも良かったらしいカイは「そろそろ、先に進みましょうか」と呟いて、遊馬から手を離した。それが少々もったいなく思ったのは、気のせいだ。 「……っ」  二回目ともなると、少し慣れたのだろうか。前回よりも前戯は少なくて済んだ。前と同じように後ろから侵入して、一息つく。初めてでは無いから、多少余裕も出て来て、慣れるまで待つ間に、カイの背中を見ていた。  白い。まぁ電気を落としているから、薄暗くてよくは判らないが。白くて細い。腰も、何もかも自分に比べれば。なんとなく背骨のラインを指でなぞってみたら、びくりと体が震えた。敏感なんだな、と一瞬思ったが、いや背中は誰でもそうか、と思い直しつつ、もう一度指でなぞる。びく、と震えると中が動いて、遊馬も眉を寄せた。 「……遊馬さん、遊んでるでしょう……」  少しだけ顔をこちらに向けて、眉を寄せたカイが、苦しげにそう呟く。その声音が聞いた事の無いもので、少しだけ嬉しくなった。ついでに、今なら声を出させる事が出来ると思って、そのまま動く。が、カイはすぐに顔をシーツに埋めて、また黙ってしまった。  そうする事がカイにとって決して楽な事でもあるまいに。遊馬はそう思いながら、今度は爪でそっと背中をなぞってみた。体が強張って、締め付けがきつくなる。そのまま腰を揺さぶり始めると、「んん」とか「うぅ」とか、そんな呻き声が僅かに聞こえる。ああ、もっと聞きたいと、思った。だがこれ以上遊んでいると怒りそうなので、そのまま行為を続ける。  カイは明らかに前回よりもちゃんと感じているようだった。体が次第に汗ばんできて、熱を持ち始める。だから意地悪と実益を兼ねて、遊馬はカイの耳元で尋ねてみる。 「ねえカイちゃん、俺こういう事もホモの事もよく判んねえから聞くけど、気持ち良いトコとか有んのかね」 「……っ」 「有んの?」 「ん、……っ」 「ねえ、有んの?」  しつこく聞いてみると、またカイは少し顔を遊馬に向けた。悔しそうに眉を寄せて、のろのろと言葉を紡ぐ。 「男には、前立腺というのが、有って。それは、男にしか、無くて。お尻の、中に、有る、らしいです……しこり、みたいな、ものが……」 「んじゃあそれを刺激すれば、カイちゃんも気持ち良いわけ?」 「……まぁ、生理的に、そうなる、でしょうね……っ」  ふーん、と軽い返事をしつつ、遊馬は腰を小さく揺すって、カイの言う性感帯を探ってみた。すぐにまたカイはシーツに顔を埋めてしまったから、反応は判りにくかった。が、一つ判った事は、カイはゆっくりを抜く動作をした時に、たまらなそうな呻き声をあげるという事だ。だからとりあえずはそれが好きなのだろうと、遊馬は奥まで侵入しては、ゆっくりと抜けそうになるまで腰を引くを繰り返した。その度にカイは「んーっ……」というような声を出して、腰を僅かに揺らす。それがたまらなく、楽しい。  しばらく繰り返していると、カイがまた顔を上げて、「もう、いいですからっ」と言い捨てて、黙った。へいへい、と返事をして、激しく腰を揺する。カイの手がぎゅうとシーツを握り締めるのを見て、遊馬もそれに手を重ね、カイの前を擦ってやった。ああ、気持ち良い。遊馬はそれだけを考えて、カイを抱きしめるようにしながら、絶頂に向かっていった。  事が終わって。ゴロンとベッドに横になる。まだ隣でカイは、ハァハァと荒い呼吸を繰り返していた。カイは遊馬に背中を向けるようにし、横を向いて転がっていた。  その背中が、なんとなく寂しくて、遊馬はのろのろとカイを抱き寄せた。カイは文句を言わない。だから遊馬はぎゅっと抱いていた。いい匂いがする。シャンプーの匂いと、汗の匂いが混ざっても、嫌だとは感じなかった。ぎゅうと抱きしめて、温もりを感じながら、遊馬は目を閉じる。  カイちゃんは、勘違いしてる。体の関係を持って情が芽生えるのは、抱いた方だ。  抱いてしまった責任とか、そんなものを感じるのだ。メスとして、護らねばならないと本能が訴える。だから、本当にその情を手に入れたかったなら、あの時、女役になる事を受け入れてはいけなかった。  だからすっかり、情を持っているのは、遊馬のほうになっていた。

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