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第6話
遊馬はカイと共にショッピングモールに来ていた。本日のお題は、もちろんショッピングである。遊馬ももはや抵抗する気力を失っていたので、大人しく付いて来た。
カイは少々オシャレだった。凝っている、というよりは、上品な程度に。職業柄だろうか、爽やかで、清潔感の有るシャツやスラックスを好んだ。
遊馬はあまりファッションに頓着が無かったので、いつも何年も前に買ったTシャツとゆるい上着、ジーンズぐらいの格好だった。それについてどう思われていたのやら、カイが服を選んでやると言い始めたので、大人しくマネキンにされていた。
「泊まりに来た時、着る物が無くて困るでしょう」
カイはそう言ったが、これ以上泊まらないに越した事は無いし、第一カイの家に遊馬の服が置かれるのも妙で嫌だ。ついでに言うと、他人に(それも男に)服を選ばれるのも、愉快ではない。色々服を押し当てられながら、
「カイちゃん、少しはゲーム進んだの?」
と問うと、カイは真剣な眼差しで服を見ながら「ええ」と頷いた。
「あと二人で全員終わりますね」
「おお、そいつは何より」
「遊馬さんのおかげですよ。助かってます」
珍しく素直な発言。その事に少し驚いていると、
「これ、着てみてください」
と服を渡され、試着室を指差される。仕方無く着替えてみると、自分で言うのも悔しいやら恥ずかしいやらだが、見違えるように格好良くなった。カイにも見せると、彼は服の寄りを直したりしながら言う。
「だいぶ良くなりましたけど、髪はこれ……いつ切ったんです? 毛先も傷んでるし……」
「どーだろ、俺そういうのあんまり気にしてないからさ」
「気にした方が良いですよ、それなりに良い素材なんですから。……シャツはこのサイズで良さそうですね。何枚か洗い替えも兼ねて買っておきましょうか」
「いや、そんなにいらないよ、お金も無いし」
「何言ってるんです。これは僕からのプレゼントですよ」
へ、と情けない声を出してしまった。それに何を感じたのやら、「いつもお世話になっていますしね」と付け加えて、またカイは服選びに戻る。
なんだ、カイちゃんが、デレてる。むしろデレデレだ。なんだこりゃ。
不気味に思ったが、それと同時に少々、嬉しい気持ちになった。
遊馬は自分ばかりカイに情を抱いているのだと思っていたから、この変化が本当のところ、色んな意味で喜ばしかった。まず、カイがゲームをクリアする日が近付いただろう事は間違いない。素晴らしい事だ。この関係が解消される日も近い。
こんな歪んだ事が長続きしない事は喜ばしい。さっさと元のゲーム仲間に戻りたいとは思っていた。その一方で、カイとの距離が縮まっているような予感が、少々嬉しい。既に多少の情は抱いている。向こうからもそうして好意を見せられる事は、嫌ではない。
ないが。
「……っ」
後ろから抱いていると、相変わらずのだんまりである。だいぶ慣れたらしい、前よりも感じているようには思うが、いかんせん声も聞こえないし、表情も見えない。そういう部分では、全く距離は縮んでないように思えた。しばらく考えて、遊馬はおもむろにカイを抱き起こす。
「な……っ、何、何してるんですかっ」
これには少々驚いたらしい。普段声を荒げたりしないカイが、非難でもするように遊馬を見た。頬が赤い。ああ、と少々嬉しくなって、そのまま背面座位の姿勢に持ち込んだ。体重がかかって苦しいのか、カイは眉を寄せて呻いた。
「いや、息苦しそうだなと思って」
「余計な、お世話、です……っ」
カイは遊馬から離れようと、遊馬の太股を手で押している。が、その力はあまりにも弱くて、何事も起こらなかった。遊馬が少々腰を揺すってやると、すぐに抵抗など止まって、カイは俯いてしまった。
それでも声を出さない。どうやら堪えているらしかった。なんとなく顔に触れたが、ぎゅっと唇を噛んでいるのが判ったぐらいで、特に甘えてくるでもない。不思議な距離感だ、と遊馬は思う。
「カイちゃんさ、女とも寝た事有るんだろ?」
「……」
「女と恋愛したんじゃねーの? なんで俺じゃなきゃいけなかったのさ。カイちゃん結構顔も良いし、接客してんならモテるでしょ」
尋ねても、しばらく返事が無かった。返事をする余裕が無いのだろうか、と動きを止めてみると、カイは大きく溜息を吐いて、小さな声で答えた。
「接客してるから、女性は嫌なんですよ……」
「そんなもん?」
「汚い部分がいっぱい見えますからね……」
そんなもんかあ。だからって、男にする事ぁ無いだろうに。遊馬が言うと、小さくカイが「遊馬さんだから」と呟く。
「ん?」
「……遊馬さんこそ、なんで僕とこんな事、してるんですか。おかしいですよ、男抱くなんて。あの時断ればよかったのに。僕だってそれを責める気は無かったです」
今更何を言ってるんだこいつは。遊馬は眉を寄せて、「そりゃあ」とそれだけ言って、黙った。そりゃあ、なんだというのか。自分でもよく判らない。何故カイに付き合う事にしたのか。こんな事、正気の沙汰ではない。
そう考えると、わけの判らない事ばかりだ。しかも考えても仕方無い事ばかり。忘れようとするように、腰を揺さぶると、またカイは黙った。しかし、もうシーツに顔を埋める事は出来ない。時折堪え切れないらしい、甲高い声が漏れる。
「ァ、……っ、あ、……ぅ、……っ」
「カイちゃん」
かわいい。その言葉を飲み込んだ。前はうっかり言ってしまったが、今度は堪えた。あんまり言っていると、何か大切な物がおかしくなりそうだ。こんな事はあくまで茶番なのだ。カイはゲームをクリアしたいだけ、遊馬はそれに付き合っているだけ。それだけの関係。
だのに、カイ個人の事を考えてしまう。それはもう、踏み込み過ぎなのだ。だから思考を止める。カイが可愛い、カイに声を出させたい、カイの表情が変わるのが見たい。そう思うのは行き過ぎだ。止めなくてはいけない。
遊馬は何もかも忘れようと、激しくカイを責め立てた。カイも遊馬に触れて、何度も声を出した。途中、何か言おうとしていたようだったが、それは上手く単語にならなかったようだ。そうこうするうちに、姿勢が辛くなって、遊馬はまたカイを押し倒した。だからカイはまた声も出さずに、遊馬に抱かれた。
これ以上、深入りしてはいけない。
わざわざ思うような事でも無いだろう。ゲームの友人はゲームだけのものだと思っていたから、今更そんな事を言い聞かせる必要も無い。何故そうしなくてはいけないか。
考えれば焦った。だから遊馬はカイから少し距離を取ろうと思った。抱くにしても、情をこれ以上かけてはいけない。いずれ終わる関係なのだから、と。
その矢先だ。
カイが、「クリア出来たので、もう関係は終わりです。いままでお世話になりました」とメールを送って来た。
その素っ気ない文面を、遊馬はしばらく見つめて、それから「あーそう、おめっとさん」とそれだけの返事を送った。
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