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倶楽部
カウンターに座ると、バーテンがいつもの酒をすっと差し出した。
「ありがとう」
礼を言うと、バーテンは控えめな笑みを返す。
このやりとりだけを切り取ってみれば、ここはごく普通のバーに見えるだろうが、それは大きな間違いだ。
すぐ側のテーブル席では素肌に縄化粧を施(ほどこ)された男が男性の股間に顔を埋めているし、向こうの方では全裸で四つん這いになった男を椅子代わりにした男性2人が何食わぬ顔で話をしている。
さらに奥のステージからは、肉を打つ鞭の音と苦痛と喜悦の入り混じったうめき声が聞こえる。
そう、ここはバーなどではなく、男性のみの会員制SM倶楽部なのだ。
普通の人ならすぐに逃げ出したくなるような異常な雰囲気の空間だが、就職してから自分のS的嗜好に気付いた俺にとっては、この場所はむしろ居心地がいいと感じる。
「安藤様からご伝言をお預かりしていますよ。
『マサはいい子にしてるよ。もう騒ぎを起こすようなことはないから安心して』とのことです」
「そう……。
ありがとう。安藤さんには俺が礼を言ってたって伝えてくれるかな」
バーテンにそう答えながら、俺は小さなため息をこぼす。
マサというのは、俺がこの間まで飼っていたMだ。
異業種交流会で知り合ったマサにMの資質があることを見抜いてこの世界に引っ張り込んだのは俺で、彼とはプレイの好みも合っていて相性は悪くなかったのだが、俺がSとしてはまだ未熟だったせいでマサが自分の性的嗜好に不安を抱いていることに気付くことが出来ず、そのあげくに精神的に不安定になったマサは、俺の職場に乗り込んできて騒ぎを起こしてしまった。
結局、俺にはマサの精神的な不安を取り除いてやることができず、マサは俺の手を離れ、この倶楽部で面識のあったベテランのSである安藤さんに飼われることになったのだった。
「マサは安藤さんのところで可愛がってもらってるのかな」
「ええ、先日のお二人の様子を拝見した限りではそのようでしたよ。
マサさんもお幸せそうでした」
「そうか……良かった」
俺も会社を辞める羽目になって大変だったが、俺が未熟なせいでマサには申し訳ないことをしたと思っていたので、バーテンの話を聞いて少しほっとする。
「はぁ……。
しかしマサが幸せなのは良かったけど、安藤さんのところに行った途端にそんなだと、俺がよっぽど駄目みたいで自信なくすな」
「Mの性質を見抜くのは難しいですから、お若い時は失敗することもありますよ。
貞森様は真面目でいらっしゃいますから、経験を積み重ねればよいマスターにおなりになると思いますよ」
「そうだといいんだけどね」
そう言いながら俺がまたため息をつくと、見かねたらしいバーテンはこう勧めてきた。
「ここでお飲みになるより、あちらで楽しんでいらしてはいかがですか?
ちょうどステージで新しいショーも始まるようですから」
「んー、そうだね。
まだプレイに加わる気分にはなれないけど、せっかく来たからショーくらいは見てこようかな」
そうして俺はグラスに残っていた酒を飲み干すと、ステージが見える場所へと席を移動した。
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