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ステージの上のM
ステージの近くの席に移動すると、ボンデージを身にまとい目隠しをされた細身の男が、倶楽部のスタッフに鎖を引かれてステージの中央に進み出たところだった。
あれ? あのM、なんか日野浦先生に似ているような……。
ステージの上のMは目元は隠れているものの、顔の輪郭や口元や体格は昼間会ったばかりの男とよく似ている。
髪は日野浦先生のようにセットされてはいなかったが、長さは同じくらいだろう。
いや、似ているけど、このMはもっと若いか?
日野浦先生は綺麗な顔立ちだが若作りではなく、40過ぎという年相応の顔に見えていたが、ステージ上のMは腹もたるんでいないし手足も程よく引き締まっていてそんな年には見えない。
けど、目が隠れているから顔はわかりにくいし、もしかしたらあのスーツの中身がこの体だった可能性も……。
俺が悩んでいると、ステージのスタッフが口を開いた。
「さて皆様。
こちらの犬がこのように目隠しをしておりますのは、この犬めが不遜にも『どこの誰とも知れないご主人様に可愛がって頂きたい』と希望したからでございます」
スタッフがそう言うと、客席のSたちの間から密やかな、しかしステージ上のMにはっきりと聞こえる程度の声が上がる。
「誰でもいいとは、なんとはしたない」
「自分のご主人様の姿を見たくないなどとは躾の悪い犬だ」
「そのような犬は可愛がる前にお仕置きしなければ」
Mを煽り悦ばせることに慣れているSたちの適切な言葉に、ステージ上のMは羞恥と悦びに全身をうっすらと赤く染める。
もし、 あのMが本当に日野浦先生だったとしたら。
あの落ち着いた知的な雰囲気の綺麗な人が、俺の若さゆえの気負いを優しく見守るかのように微笑んでいたあの人が、その内側にはしたない犬と罵られて悦ぶような性癖を秘めていたのだとしたら。
そう想像すると、ぞくぞくするほどの興奮を覚えてしまうのは、Sの性 というものか。
「それでは、お客様の中にこの犬を可愛がって下さるご主人様はいらっしゃいますか」
そうして俺は、客席に向けたスタッフの呼びかけに迷わず手を挙げていた。
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