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Mの正体

「では、そちらのご主人様にお願いいたしましょう」  スタッフは客席で手を挙げていた何人かのSの中から俺を選んだ。  ステージに上がった俺は、テーブルの上に用意された道具を確認する。  ニップルクリップにアナルバイブ、そしてコンドーム。  鞭も拘束具も用意されていないところを見ると、苦痛や拘束が快楽につながるタイプのMではないようだ。  着ているボンデージは乳首の周りが丸く切り抜かれた、拘束用というよりは見た目重視のものだし、スタッフの口ぶりからも羞恥プレイを好むタイプだと見て間違いないだろう。  俺はまずスタッフの側に行き、「衣装は誰が選んだのかって彼に聞いてくれる?」と耳打ちする。 「ご主人様が『その卑猥な服は誰が選んだのか』とお尋ねだ」 「えっ」  俺から直接ではなく、スタッフを通して問いかけられたことに、Mが小さく戸惑いの声をあげる。  彼はきっと今、声を聞かせようとしないご主人様は、もしかして以前に倶楽部でプレイを愉しんだことのある人なんだろうか、だとしたら誰だろう、などと考えているはずだ。  目隠ししてステージに上がることを望んだ彼は、きっとそうやって色々と考えるだけで興奮しているに違いない。 「ぐずぐずしていないで早く答えなさい」 「あっ、申し訳ありません。  その、私が自分で選ばせていただきました……」  スタッフにうながされて答えた声はおどおどして落ち着きがなく、昼間会った日野浦先生の実績のある作家兼学者らしい自信に裏打ちされた落ち着きのある話し方とは全く印象が違う。  それでもその声は、間違いなく日野浦先生のものだ。  ──いや、ここでは彼のことを『日野浦先生』ではなく「有紀(ゆうき)」と呼ぶべきだろう。  今の彼は着ているものも態度も話し方も、昼間とは違う、完全な(M)なのだから。  この可愛い犬でどんな痴態を見せてくれるのか想像するだけで楽しくて、俺は自分の唇の端が自然と上がるのを感じる。

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