相手は御曹司だ。錦鯉くらい特に珍しいわけでもない。 　それなのに、錦鯉を見たかなんて言ったのは――。 　笑ってほしいと思ったから。 　こんな暗い話題じゃ笑えないと思ったから。 　きっとそれだ。 　だけどさ。俺ってば月夜に嫌ってもらわなきゃならないっていうのに、元気になってほしいとか意味がわからない。 　自分に突っ込みを入れても、返事があるわけもない。 　自分でも意味がわからないまま疑問を振り払い、立ち上がるために膝を立てた瞬間――。 　事は起こった。 　突然俺の体が傾いたんだ。 「うわっ！！」 「危ないっ！！」 「ったた……」 　慣れない正座を長時間していたせいだろう。 　どうやら足が痺(しび)れていたらしい。 　緊張続きでそのことに気づかなかった。 　……うう、恥ずかしい。 　他人の――しかも初対面の人の前でコケるなんて大失態だ。