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⑩はじめてのデートは甘くて苦いカカオの味。

 ――時間は正午ちょうど。  挙式場までタクシーで向かうことにした。  マンションの玄関先まで下りてタクシーを待つ。  その間、俺はといえば、口がにやついてしまう。  だってさ、黒のスーツだぜ?  スラックスなんて久々だ。  いつもスカートばっかりだと嫌になるんだ。  男なのにと、鏡に写る自分を見るたび悲しくなる。 「今日の花音は上機嫌だね」  俺って、そんなに顔に出やすいのかな……。  前居た学校の友達には、『わかりにくい』とか、『無表情』って言われてたりするんだが……。 「あ、や、ほら!! 月夜の仕事ぶりが見られるわけだし!!」  まさか、『スカートばかりで嫌だった』とは口が裂けても言えるはずもなく、()かれてもいないことをついつい口走ってしまう。 「そう? そんなに珍しいものでもないんだけど……俺の仕事に興味を持ってくれて嬉しいな」  ふんわりと笑う月夜は何を着てもカッコイイ。  黒のスーツを身に纏った月夜は、いつにも増して研ぎ澄まされた美を感じる。  蜂蜜色の綺麗な長い髪が黒に映えて、なんていうか男の色香っていうか、すごく綺麗なんだ。  俺が亜瑠兎として月夜と同じスーツを着ても、まずはこうはならないだろう。 「花音?」  あ、しまった。  月夜に見惚れて無言になってしまった。  ――だめ。  恥ずかしい。  俺はそっぽを向いて月夜から視線を外した。  すると丁度タクシーがやって来た。  ドアが開く。  嬉しいけれど月夜とふたりきりは恥ずかしい。  複雑な気持ちのまま、俺は真っ先に乗り込んだ。    俺に続いて月夜がタクシーに乗り込むと、エンジンがかかった。  月夜の誘導でタクシーが動き出す。  俺は――っていうと……。  外を眺めるふりをしながら、そっと窓に写った月夜の顔を覗っていた。  フフって笑う声が俺の耳をかすめる。

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