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⑤悲しい想いを秘めて。
「月夜なら、今は風呂に入っていますが……代わりましょうか?」
電話がかかってきたのは俺の携帯。
だから嘉門さんは月夜ではなく自分に用がある。
そうは思うものの、半ばパニックになっている俺は嘉門さんに尋ねた。
「いや、君に話があってね。……明日、君とふたりで話がしたいんだが、いいかな? 話は早いほうが君も楽だろうし、午前9時にわたしの邸宅でどうだい?」
「……はい、わかりました。お伺いします」
先に電話を切るのは相手方に失礼だ。
だけど悲しみが大きすぎて、嘉門さんに失礼だとか、何も考えられなくなった。
月夜と別れなければならない。
その事実をこれ以上突きつけられたくなくて、話が途切れるとすぐに電話を切った。
「……月夜」
ぽつりと彼の名を呼べば、虚しい響きを残し、空間に消える。
……だけどよかった。
嘉門さんが直接俺に電話したってことは、まだ俺の家族には何も言っていない。
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