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第3話
お兄さんは、僕を車に乗せ、運転を始めた。車に乗るのは初めてで、窓から過ぎていく風景は、電車やバスとはまた違っていて、楽しかった。
連れてこられたのは、お兄さんの住んでいるという部屋だった。僕のアパートよりも大きくて、中は広かった。電気もすぐについた。ただ、勉強道具を全て僕の部屋に置いてきてしまった。大学からも離れてしまったように思う。ここからだと、僕の足で通うには、かなり時間がかかりそうだ。
「お腹、空いてるだろう」
「わからない」
「最後に食べたのはいつ?」
「朝?」
「何かつくるから、座ってて」
「はい」
帰らないと、戻らないと、勉強しないと、そう思うのに、身体は、お兄さんの言葉に従って動いた。
部屋の中に、キッチンがある。窓際の方に、灰色のソファがLの字に並んでいた。その隅に座る。
「テレビとか、見てていいよ」
テレビと言われ、正面を見ると、僕の身長くらいはありそうな大きなテレビがあった。真っ暗だ。
「リモコン、ここ押したらつくよ」
「リモコン」
キッチンから出てきたお兄さんが、ソファとテレビの間、ローテーブルの上にあったリモコンをとってくれた。赤いボタンを押すと、テレビが騒がしくなった。耳が痛くて、すぐにまた、赤いボタンを押す。
「大丈夫?」
「驚いて」
「テレビ、普段見なかった?」
「はい」
人が映って、笑っていた。うるさかった。ああもうるさかったら、勉強できない。
しばらく、部屋の中を見回したり、窓から外を見たりしていた。部屋の場所が高かったから、光が下に小さくたくさんある。キラキラ、きれいだ。
「できたよ。熱いから気をつけて」
「はい」
ローテーブルの上に、ミートソースのスパゲティが置かれる。湯気が立っていて、確かに熱そうだ。
フォークとスプーンを手にとって、皿と向き合う。お兄さんの真似をして、フォークに麺を巻き付けようとしたけど、うまくいかない。
「お箸だそうか」
「はい」
今度は、お箸を受け取り、麺をたくさん挟んで口に運ぶ。麺は運んでいく内に、何本か落ちていったけど、数本は残った。口に入れて、噛む。
「おいしい?」
「熱くないです」
「そう、よかった」
隣に座っていたお兄さんが近寄ってきて、肩がぶつかった。避けても、またぶつかってくる。食べづらいと言おうと横を向いたら、お兄さんもこっちを見ていた。つり上がった目が、少し垂れて潤んでいるようだった。
「お兄さん?」
「よかった。弓弦。大丈夫。これからは大丈夫だからね」
「僕、間違えた? いい子じゃなかった?」
「いい子だよ、弓弦。弓弦はずっといい子にしてたんだね」
じゃあ、なんで泣くんだろう。
お兄さんは、そのまま、また僕を抱き寄せ、しばらく動かなかった。
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