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そんなところで
──……
宴会場もある居酒屋はトイレ内も広く、黒の塗装と間接照明が思ったより綺麗で安心した。
遠くで騒がしい笑い声が聞こえる。
あれうちの会社かなあ、なんて思いながら用をたして手を洗っていると、ふと個室から僅かにうめき声のようなものが聞こえてきた。
「……?」
うめき声……、だよな。
怪訝に思って後ろを向くと、一番手前の個室のドアが閉まっている。
知らない人まで介抱しきれないし、もう放っておこうか……、なんて考えていると、その個室から突然、盛大に咳き込んでえずきまくる声が聞こえ、思わず声をかけてしまった。
「あの、すみません。大丈夫ですか……?」
「……ゴホッ、その、声……っ」
「?」
近づくと、キィ、と個室のドアが少し開く。
恐るおそる顔を覗かせてみて、俺は目を見開いた。
「課長……っ?」
「……あぁ、やっぱり、お前か」
「ご気分が優れないんですか? お水、持ってきましょうか」
「……いや、うん……大丈夫、だ」
そう言って、トイレ内で屈んで頭を抱える課長。
肩で呼吸して苦しそうに目を瞑っている姿は、どう見ても大丈夫とは思えない。
声は覇気がなくてちっさいし、顔は首まで真っ赤だ。
いつもビシッと締めてるネクタイも今はゆるゆるで、整髪剤で整えた髪も乱れて、額に前髪が落ちている。
正直、いつもの硬派っぽいイメージが覆って、なんというか……、色気がすごい。
……いや、いやいやいや、何を考えてるんだ、俺は。
課長のことが気になってるって言っても、そういう意味じゃないだろ。
俺のはアレだ。
この人のもっと素の部分を知りたいみたいな、どちらかと言えばもっと健全な……、純粋な好奇心に近い。
あわよくば仲良くなりたいけれど、それは男として憧れてるからそう思うだけであって、そこに性的な下心はないはず。
「……課長はここにいてください。すぐ戻りますんで」
「っあ、おい……?」
そう言って俺は課長から視線をそらし、自分の頭を冷やすために一旦そこから離れた。
トイレの近くにいた店員さんにお水とおしぼりをいくつかもらい、それらを手にして元いた場所に戻る。
課長のいる個室の扉を開けると、彼はしゃがみこんで壁に凭れていて、何故かさっきよりもさらに疲れた様子だった。
酔いがまわってきているんだろうか。つらそうだ。
「お水とおしぼり、もらってきました。良かったらどうぞ」
「……ん、あぁ、悪い……」
話しかけると応答はある……が、いつものような張りつめた緊張感はなくて、動作が全体的に鈍い。
普段はキツい目つきも、目尻が下がって赤く潤んでいる。
重そうな瞼でぼんやりと俺を見上げてくる表情は眠いときの無垢な子どもみたいで、そのギャップにちょっとドキドキした。
……無防備、だなあ。
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