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平常心
「いえ、気にしないでください」
内心の動揺を悟られないよう出来るだけ平坦に言いながら、水の入ったコップを渡す。
課長はそれを受けとると、ゴクゴクと喉を上下させながら勢いよく飲み下す。
はあ、とアルコールまじりの熱くなった吐息を漏らす口許と、はだけた白いシャツと、汗ばんだ赤い首筋に、つい目が向く。
「……ゔぅ……」
「え、どうされました……?」
「水も、気持ち悪ぃ……」
コップを握りしめたまま、課長は苦しげに眉根を寄せて、額に張りついた前髪をぐしゃりと掻きあげる。
癖なのか何なのかは知らないが、だから最初から髪が乱れていたんだと思った。
見えたこめかみにも汗がうっすらと滲んでいて、暑そう。
ていうか新陳代謝いいな。俺はそんなに、暑くも寒くもないんだけれど。
「大丈夫です?」
俺も隣にしゃがみ込んで、課長の丸くなった背中をさする。
触ってはじめて分かったけれど、シャツ越しでも伝わるくらい、彼の身体はものすごく熱く、火照っている。
「そんなに飲んじゃったんですか」
「……いや、元々、酒はあまり……」
「へえ、意外ですね、なんか」
「よく言われるよ」
困ったような顔をして、落ち着いた声で笑う課長に、正直少しびっくりした。
いつもなら鋭い眼光はなりを潜めて、今はただただ優しそうな印象だ。
「いつもは飲みすぎないように、部長の影に隠れているんだが……」
「ああ……部長、ザルどころかフチだって有名ですもんね」
「なのに顔色ひとつ変わらずニコニコしてるから、水でも飲んでるようで恐ろしいよ、たまに」
部長は、飲めない人に無理やり酒をすすめるような性格じゃない。
その安心感と、全く酔わない彼の近くにいれば逆に気も使うから、あえてそばにいることで自ら酔えない状況にしていたのだろう。
ふっと目を細めて笑う課長に、そんな穏やかな表情もできるんですね、なんていささか失礼なことを思っていると、ふいに彼の身体が俺のほうにぐらりと傾く。
慌てて肩を掴んで支えると、小さく消え入りそうな声で『悪い』と言われ、さすがに心配になる。
俺が思っているよりも、この人は酔っていて、限界なのかも知れない。
「ここより、椅子に座ったほうがよくないですか? たしか店内にベンチありましたよ」
「……ん、いい。見られ、たくない」
「でも……」
見られたくないって、何を、誰に?
というか俺はがっつり近くで彼を見ているけど、それはいいのだろうか。
「こんな情けないところ、部下に見せられないだろ……」
「……お、俺は、いいんでしょうか」
何気なく、口をついて出た言葉だった。
けれど課長はきょとんと呆けたようにこちらを見上げていて、自分の台詞にハッとする。
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