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【明日天気になあれ】めろんぱん

特別見目が良いかと問われれば、まぁ整ってはいるけれどモデルか俳優かという程ではなかった。特別運動ができたかと問われれば、まぁそこそこだった。唯一、彼は特別勉強はできたけれど、テストの結果が張り出されるわけでもなかったのでそれを知る人は極少数だった。授業にはまり出てこないしイベントも目立たないところに名前だけで参加するような奴で、特別目立つというよりは特別浮いていた。 それでも、皆がその片倉 翔悟を一目置いているのは明らかだった。 彼が登校してくると空気が変わった。少し大人びた雰囲気の中にある尖った空気に、皆が遠巻きに興味を惹かれていた。特徴的な目元と口元の黒子には年齢にそぐわない強烈な色香があって、俺は教室のど真ん中授業の真っ最中にあらぬところを大きくしてしまったことすらある。 憧れた。強烈に。 髪型を真似た。校則を破ってまで髪を染める勇気はなかった。 派手なシャツを着るようになった。家の中でだけ。 同じピアスを買った。穴を開けたのは随分後になってからだった。 愚かな俺は話しかけることもなく、普段連んでいる友達と他愛のない話でバカ笑いをしながら教室の隅で音楽を聴いている彼を盗み見るのが日課で、ついに卒業まで俺は片倉 翔悟と話をすることはなかった。そしていつしか片倉 翔悟のことを思い出すことも減り、空っぽの10年の月日が流れた。 ━━━ うるせえなあ。 俺は舌打ちをして、心の中で悪態をついた。 蝉ってやつは5年だったか10年だったか、とにかく長い間大人になるまでじっと土の中に潜り込んで大人しくしているんだという。たった一夏の舞台のために。そんな健気で不憫な背景を知っても、うるさいものはうるさい。猛暑の炎天下の中で只でさえ苛立っているのだから余計だ。 あまりにあちこちから響いてくるものだから、ほんのすぐそこにいるんじゃねえのと俺は天を仰ぎ見る。真っ青な空に青々と生い茂る木々。白い雲の間を飛行機が一機通って行った。蝉は一匹も見つからない。ガキの頃は得意だったのに。 バカらしくて俺は小石を蹴飛ばしてポケットに手を突っ込んだ。 蹴飛ばした小石はころころと灼熱のアスファルトを転がっていき、やがて誰かの足先にコツンとぶつかる。そして、その足の持ち主に、俺は驚愕した。 「…鈴木?」 少し薄い色の瞳に、目元と口元の特徴的な黒子。 小綺麗に揃えられた黒い髪にシンプルな服装と、夏の強い日差しにキラリと光るピアス。この炎天下の中、汗一つかかずに涼しい顔をして立っているのは、記憶の中よりも随分と大人しい風貌になっているが、紛れもなく俺が10年前強烈に憧れた片倉 翔悟だった。 「やっぱり鈴木だ。随分雰囲気変わってるから一瞬わかんなかった。」 さっき通り過ぎた飛行機が作り出した飛行機雲を背景ににっこりと微笑んだ片倉は、10年の時を経て益々色気が増している。 その場に片倉がいることよりも、片倉が俺の名前を覚えていた、いやむしろ知っていたことに驚いた。 俺は口を開きかけて、閉じた。中学の3年間を共にしたというのに、俺は片倉と話したことがない。片倉をなんと呼んだらいいのかわからなかった。 「…か、たくら。」 「おう。」 「なんで…」 なんでここに、と言いかけたが、ここは地元だ。片倉が今どこで何をしているのか知らないが、実家がこの辺りである以上片倉がいるのはなんら不自然ではない。 「…同窓会、鈴木は出んの?」 「同窓会?」 「ん?ハガキ来てねぇ?大分前だけど。」 「ハガキ…」 見たような気もするが、封書ならともかくハガキなんて見ているようで見ていない。きっと何かに紛れて捨ててしまったんだろう。 ハガキを目にしたところで、出席なんてしないが。 「…いや、出ねぇ。」 「そうなん?出ればいいのに。」 俺は押し黙った。 片倉は困ったように曖昧に微笑むと空を見上げて、あー、と意味のない言語を発した。 「飛行機雲出来てんなぁ。夜降るかな。天気予報見た?」 「いや、見てねー。」 「そか。一回家帰るかな、傘持ってこ。」 飛行機雲と雨になんの因果関係があるのか尋ねようとして、やめた。自分の馬鹿を、特に片倉に晒すことには抵抗があった。 「駅前のさ、Uホテルの宴会場で18時から。空いてるなら来たら?」 じゃあな、と至極軽い調子で、片倉は俺の横を通り過ぎ去って行った。すれ違った瞬間、微かに香水の香りが漂った。 その背中は昔と変わらず、自分をしっかりと持ち自信に満ち溢れているように見える。俺が強烈に憧れた背中だった。 今でも変わらず、その背中に強烈に惹きつけられる。俺はしっかりと目に焼き付けて、ポケットに手を突っ込み片倉と反対方向に歩き出した。 その時、ポケットの中の指先ががっちり丸まって固まった紙に触れた。取り出して広げてみると、ぼろぼろと崩れながらも何とか「同窓会のお知らせ」と書いてあっただろうことがわかる。そしてその下、不参加の部分に雑に丸がつけられていたことも。 きっと何かのついでにポストに投函しようとして、忘れて帰ってポケットに突っ込んだまま洗濯したんだろう。 俺はピアスを外して、ぼろぼろになったハガキと一緒にポケットに突っ込んだ。中学生の時、片倉に憧れて買った片倉とお揃いのピアス。高校生になって穴を開けてから、ずっとつけていたもの。 同窓会なんて、行けるはずがない。 片倉に憧れて高校デビューを図った俺は派手な格好をして授業をサボりまくる高校生活を送った挙句、留年して大学受験も就職も失敗した。親の脛をかじって未だに定職に就かず遊び呆けている俺なんて、片倉どころか誰にも見せたくなかった。 ─── 夏の昼間は長い。18時になってもまだ辺りは明るい。今はまだ意味を成さない外灯に群がる虫を見て、俺はまるで自分を見ているような気分になった。 誰にも見せたくない、と思っているくせに、俺は片倉から聞いたUホテルの前にいた。同窓会に飛び込みで参加する気は毛頭ない。なら何しに来たのか、自分でもわからなかった。 ただ、ここに来ればもう一度片倉に会えるかもと期待した。10年前は話もできなかった片倉に話しかけられて、行くつもりのない同窓会に誘われて、嬉しかった。 とはいえ、同窓会に参加しているはずの片倉がホテルから出てくるはずもない。あと2時間くらいは同窓会は続くだろう。べたべたと肌にまとわりつく湿気が鬱陶しい気候の中、そんなに待ちぼうけするのは流石に嫌だった。 つい昨日まで、片倉のことなんて忘れていたのに。ほんの一瞬会って話をしただけで、こんなにも心を乱していく。 「…バッカみてぇ。」 ホテルの中はきらびやかな装飾が見え隠れしている。人生の敗北者である俺にあんな場所は似合わない。アイスでも買って帰ろう。 そう思って踵を返した時だった。 「鈴木?」 つい数時間前に聞いた片倉の声が、全く同じ調子で俺の名を呼んだ。 誰もいないと思い込んでいた俺は予想だにしない出来事にビクッと肩を跳ねあげ、そろりと背後を振り返る。そこにいたのはやはり片倉で、昼間に会った時と同じ格好をしていた。 「なんだ、来てたなら参加すればよかったのに。飛び入りで何人か来てたぜ?」 ほんのり顔を赤らめた片倉は、どうもほろ酔いのようだった。ほんのり顔を赤らめとろりとした視線は壮絶に色っぽくて、俺はなにか見てはいけないものを見たような気分になって視線を下に逃がした。これじゃあ、10年前中学生だった自分となんら変わらない。 ゆっくりと片倉は俺に歩み寄る。たった今気が付いた僅かな身長差のせいで、片倉が俺を見上げてきた。 親や兄弟も目上の人間も、それこそ片倉以外の相手ならいくらでも憎まれ口が出てくるのに、片倉を前にするとどうにも調子が狂う。脳内信号がバカになったみたいだ。 「…なぁ、二人で呑み直そうぜ。」 バカになった頭が、そんな甘美な誘いを断れるはずもなかった。 ─── 「ずぅっと、気付いてたよ。」 片倉の指先が中心に触れる。艶かしい口元から覗いた真っ赤な舌が先端を這い、俺は熱い息を吐いた。 「中学んとき、鈴木が俺のこと見てたの、気付いてた。」 温かな口内に含まれて、あっという間に上り詰めた。暫く振りの放出に濃厚な臭いを放つそれを、片倉は迷うことなく飲み干した。 「…バカだったよ。卒業してからすげぇ後悔した。あんなに真っ直ぐに、それでいて熱っぽく俺を想ってくれたの…鈴木だけだったのに。」 ぬらぬらと唇を光らせながら自嘲気味に笑った片倉は、ホテルの間接照明に照らされて妖しげな雰囲気を醸し出している。それでいて、どこか危うげな空気がとても綺麗だった。 「もう逃がさない。」 そう言ったのは、片倉だったのか俺だったのか。間違い無いのは、噛みつくようなキスは俺の方からだったことだ。10年経って、俺はようやく気付いたのだ。 憧れではなく、恋だったのだと。 俺は片倉 翔悟のようになりたかったわけではなく、片倉 翔悟その人が欲しかったのだと。 その勘違いが歪なレールを作り出し、瓦解したレールの上を走った俺は世間一般のレールから大きく外れてしまった。受験に失敗した就職に失敗し、親を泣かせ友人を失った。そしていつしか、歩みを止めた。 腕の中にいる片倉の存在に、酷く安堵する。本当に欲しかったものを手に入れて満たされた俺は、これから再び立ち上がって歩き出せる気がした。 ─── 事後の空気にうつらうつらしていた俺は、激しく窓を打ち付ける雨の音に目を覚ました。飛行機雲を見上げて雨が降るかもと危惧した片倉を思い出す。片倉は昔からとても賢かった。 「すげー雨…」 片倉がポツリと呟いて、俺の隣にゴロンと横になった。 「なぁ鈴木、ピアスどうしたん?」 「ピアス?あっ…」 「昼間してたじゃん。俺が中学んとき気に入ってたオニキスのピアスと同じの。」 昼間片倉に会った後に外したピアスは、今寝ているベッド脇に脱ぎ捨てられたズボンのポケットの中だ。 出そうと思えばすぐに出せた。けれど、俺は同じものだと気付かれていたことに狼狽して咄嗟に「捨てた。」と吐き捨てた。 「えっ!なんで!」 「は、恥ずかしくなったんだよ!お前に憧れて同じものを買ったという事実が!しかもそれしてるところを見られたという現実が辛かったんだよ!」 「なんで捨てんだよ〜俺もまだアレ持ってるからお揃いだったのに…」 一気にテンションを下げてゴロンと寝返りを打った片倉は俺に背中を向けてわざとらしくグスンと泣き真似をした。流石にそんな嘘泣きに心を動かされるほど馬鹿じゃないが、嘘をついたという事実が良心をチクチクと刺激する。 嘘だよと正直に告げるべきか悩んでいると、片倉は直ぐに起き上がり、まぁいいやと微笑んだ。 「新しくお揃いにすればいいんじゃん。鈴木、どんなのがいい?俺作るよ。」 「作る?片倉が?」 思わぬ話に発展して聞き返すと、片倉は一瞬だけどきょとんとしてから軽やかにベッドから降り、下着一枚でカバンをごそごそ漁り始める。やがて取り出したのは一枚の小さな紙。 名刺だ。 「ジュエリーデザイナーしてんだ。この前ついに銀座に本店移設が決まったところ。」 ニッと微笑んだ片倉の名刺にはバカな俺には到底読めないアルファベットの羅列のブランド名が記載されている。しかしブランド名は読めなくても、その横に書いてある代表の文字の意味はわかる。 たった25歳で、とんでもない成功を収めていることくらいは、わかる。 「ピアスだからな〜流行りのデザインでもいいと思うけど、思い出にずっと持ってるならシンプルなものも…いやここはやっぱオニキスにこだわるか…」 何かのスイッチが入ってしまったらしい片倉は顎に手を当てて真剣にブツブツと呟いている。呆気にとられた俺のことなど見えていないかのようなその姿は、好きなことに本気で打ち込む男の姿。 かっこいい。 これは、恋とは違う感情。これこそが憧れだ。 俺もいつか、本気で打ち込めるなにかを見つけられるだろうか。 その疑問は、不安よりも期待が大きい。壊れたレールの上に長らくしゃがみ込んでいた俺はようやく腰を持ち上げた。座りすぎてケツが痛くなっているだろう俺の手を取ってくれるのは、もちろん片倉だ。 俺は少し明るくなった世界で、まず隣の片倉を抱きしめた。 明日の天気予報は快晴。 きっと飛行機雲はできないだろう。 雨が降りっぱなしだった俺の心も、飛行機雲が出来るのは当分先になりそうだ。 ☆☆☆ 読了ありがとうございました。 何かございましたらTwitter(@melon_bunbunbun )までお願いいたします。ご意見・ご感想お待ちしております!

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