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【再びの出会い】わか

あいつと別れたのは、雪の降る寒い時期だった。いつ帰るとも、なにも言わず、俺を置いて外国に行ったあいつを、最初は恨んだし、なぜ?俺のどこが悪いのかと振り返ってばかりだった。でも、すべては時間が解決してくれた。俺は次の恋に堕ち、春が来て、夏になった。 そうして何回季節を過ごしたのだろうか。ひとりきりの夏が来た。炎天下の土手の広い空を、大好きな飛行機雲が、高く、長く、軌跡を描いて横切っていく。 「…よお」 聞き慣れた声。はっとして前を見ると、目の前に長い髪にイヤーカフを光らせたあいつがいた。派手なシャツを着て、わざとのように軽薄そうに笑っている。 「ここに、いるような気がしてな」 「なんだよ、今更」 知らず知らずのうちに、恨みがましい声が出てしまう。 「ご挨拶じゃないかよ。久し振りだってのに」 「お前は俺を捨ててったじゃないか」 「捨ててったんじゃない。未練になるから、わざと何も言わなかったんだ」 目を細めて俺を見る。俺の、好きだった眼差し。 「…お前に、ずっと会いたかった」 「都合のいいこと言うなよ、今更。俺がどれだけ苦しんで、どれだけ寂しかったと思ってるんだ」 「うん。辛かったろうな。でも、俺も辛かった」 「知るかよ、そんなの」 「…飛行機雲を見るたびに、お前に繋がってるような気がして、いつもずっと眺めてた」 空を仰ぎ見ながら、ぽつり、と呟くあいつはあの冬のまんまで、伸びた髪の分だけ、時間が経ったのだと感じた。 「お前、飛行機雲好きだったろ。どっかでおんなじ雲見てるような気がして、目が離せなかった」 「遠すぎるだろ」 「ああ、自分でも馬鹿だなと思う。でも、それでもお前と繋がってたかったんだ」 「置いて行っておいて、今更弱音かよ」 「あんな形で別れたから、意地でも結果出せるまで戻って来れなかった」 蝉の声がいやに耳につく。聞きたくない。言い訳なんて聞きたくない。 「今更、何言いに来たんだよ」 「お前が、今も好きだ」 どきり、と心臓が跳ねた。 「そ、そんなこと、今更言われても、困る」 俺はまだこいつを…愛しているのだろうか。 「今度は俺が待つ。いつまでも、お前が振り向いてくれるまで」 「お、俺はもう…」 「俺が、嫌いか?」 どこかが痛むような顔で、あいつがそっと呟く。 多分、嫌いなわけじゃない。ただ、信じた途端また置いて行かれそうで、怖いんだ。あんな寂しくて辛い思いはもうしたくない。カッコつけで、優しくて、大好きだった。愛されてると思ってたのに突然置いて行かれて、どうしたらいいのか心底戸惑った。俺に非があったのか、あいつに他に好きな人でもできたのか。ぐるぐる考えた。寒い冬にひとりきりは寂しすぎて、行きずりに訳も分からず身を任せたこともある。そんな俺を、今も好きだというのだろうか。 「…お前は俺と離れている間、恋をしたか?」 あいつが確かめるように俺に聞く。 「したよ。たくさん。でも全部続かなかった」 「…俺は、できなかった。みんなお前に見えて」 俺に、見えて? 「お前に見えるんだ、どんな奴も。それで、責めるんだ俺を。何も言わず、日本に置いてきたのを責めるんだよ。俺は何も言えなくて、ただ、ごめんとしか言えなくて、恋はできなかった」 「…俺は、お前が怖い。また黙って置いてかれそうで、急にひとりきりにされそうで、怖い」 「もうしない。黙って、消えたりしない。いつまでも、お前のそばにいる」 その言葉は信じられなかった。1度、裏切られてるから。 「本当だから。もう、飛行機雲を悲しい気持ちで見たくない。お前と一緒に見たい」 「そんな虫のいい話、信じられない」 「だから、待つ。いつまでも、ずっと。お前がまた俺を信じられるようになるまで、待つよ」 強い太陽の日差しが、俺たちをじりじりと焼く。炎天下、狂ったように蝉が鳴く。この蝉のように狂えたら、どんなに楽か。もう、気持ちの半分はあいつに持っていかれてる。あとはただ、その胸に飛び込むだけだ。分かってる。分かってるけど、怖くて1歩が踏み出せない。俺はずっと好きだったんだ。あいつが、あいつだけが好きだったんだ。だから怖い。今度こそ、壊れてしまうから。 「俺は…俺はもう」 お前なんか好きじゃない、そう言えたら、どんなに楽か。でも、とても嘘は言えなかった。 「…愛してる、どんなお前でも」 優しい声。俺の大好きだった声。それが今、俺に愛を告げている。眩しそうに俺を見るあいつの眼差しが、日に透けて紅茶色に染まる。ああ、今でも俺は、こいつが好きだとしみじみ思う。こんなに、大好きだったことを思い出せるのに、伸べられた手を拒絶することはできなかった。怖い、より、愛しい方が先に立ってしまう。また、裏切られるかもしれないのに。また、ひとりにされるかもしれないのに。それでもいいと、心が叫ぶ。あまりの炎天下に、俺は狂ったのかもしれない。あんなに辛い思いをしても尚、こいつが好きなんだ。 「俺も、お前が…」 そこまで言った瞬間、抱きしめられる。熱い体が汗ごと俺を包んだ。 「…お帰り」 「…ただいま」 再会を果たした俺たちの頭の上で、飛行機雲が遠く長く伸びていった。

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