11 / 73

第11話

遠くで名前を呼ばれている気がする。でもまだ眠っていたい。 体が重く、言うことを聞いてくれない。 はぁい、と生返事をしてまたうとうとと深い眠りにつこうとしたときだった。 「起きないとキスするよ」 「はいっ?!」 突然の宣言に壮太は飛び起きた。 横を見ると、スーツ姿の葵がこちらを覗き込んでいた。 そうだ、結局、朝に起きれそうになかったから出社前に連絡してください、とお願いしたのだ。 本音は声が聞きたかっただけなんだけれど、本人には当然内緒だ。 「鍵、かけないと、物騒だよ」 「ああ、すみません、忘れてました」 「電話しても全然応答ないから、申し訳ないけど上がらせてもらったよ」 時計を見ると朝の7時50分だった。 大学までは歩いてニ十分ないので、朝の支度を考えたら丁度良い時間だった。 「助かりました、二度寝コース決めるとこでした」 「助けになれたならよかったよ」 にっこりと微笑む葵は朝から爽やかイケメンだ。 それだけでご飯をおかわりできそうな気がする。 「壮太、薬学部なんだ。オレの後輩くんだね」 部屋に散乱した教科書を見てバレてしまったらしい。 否、隠していたつもりはないのだが、本職を目の前にしてなんとなく言いにくかった。 「そろそろ共用試験の模試とかしてるんじゃない?大丈夫そう?」 「う……」 共用試験とは、五年生になったときに実務実習へ行く際に必要な知識をテストするもので、つまりはこれに合格できないと次のステップへ進めないのだ。 以前模試をしたときは残念ながら合格ラインには到達しなかった。 なので、勉強しなければならない身である。 が。 「勉強しても、なかなか結果につながらなくて」 「がむしゃらに勉強しても点数伸びないよ。よければ、オレが見ようか?」 「え?」 それは願ったり叶ったりである。 壮太は要領が悪いと兄弟からも言われている。 勉強をするのは苦ではないが、どうやって勉強すればいいのかが未だによく分かっておらず、今の今までとにかくがむしゃらに勉強時間を増やすことで乗り越えてきた。 それが通用しなくなってきたので最近は頭を抱えている所だった。 が、勉強を見てもらうということは、頻繁に会うということだ。 家は隣だからすぐに会えるが、本当にそれでいいのだろうか、と壮太の心に引っかかっていた。 一目惚れのような感じで葵に惹かれ、一夜だけでなく、昨日も結局体を重ねてしまった。 付き合ってもいないのに、だ。 「体目的じゃないから安心して」 「あ……」 壮太の心配事を分かっているようで、葵はにっこりと付け加えた。 「頼りたい時だけでいいから、連絡して? 力になるよ」 「どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?」 「困ってる人を助けるのに理由は必要?」 そう言われると何も返せなかった。 葵は時計を見ると、じゃあ行くね、と言って部屋を出て行ってしまった。 支度をしながら、壮太はスマホをちらり、と見た。 葵から連絡をくれることはないと予想されるので、きっと壮太から連絡しなければこの関係はここでお終いなのだろう。 体だけの関係にはなりたくないけど、この想いを告げる勇気は今の壮太にはない。 そもそも、本当に好きなのかどうかもよく分からない。 ただの一目惚れなら数日経つと熱は冷めているだろう。 ならば、その数日を待つべきではないだろうか。 「終わらせなきゃ……」 葵とは一夜限りの関係のはずなのだから。

ともだちにシェアしよう!