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第12話
それから一週間が経過した。
壮太から連絡はしていないので、当然葵からのアクションは何もない。
特に日常生活に変化はなく、壮太は家と大学を往復するという生活を送っていた。
相変わらず成績は伸び悩んでいる。
自分でもよく分かっているが、このままでは試験をクリアするのは難しい。
教授にももっと勉強するように注意を受けてしまった。
(と言ってもなぁ……)
勉強する時間は確保している。
それで点数が伸びないのだから、きっとやり方に問題があるのだろう。
だけど、何が問題なのかが壮太には分からない。
分からない以上、がむしゃらにするしかないのできっと今日も家に帰ったら参考書との睨めっこが始まる。そう思っていた矢先だった。
「壮太、今からどう?」
講義が終わり、時刻は18時を過ぎていた。
帰ろうとしていた壮太に話しかけてきたのは友人の立花理人(たちばなりひと)だった。
成績は学年トップ。
交友関係も広く、明るい性格で面倒見もよく、何をさせても完璧にこなす超人である。
おまけにジャニーズ顔だから女子たちからの人気は高い。
完璧超人の理人はきっと壮太が気にしている一月の試験など問題にもしていないだろう。
「飲み会。いつものメンバー」
「あー……」
ちらりと、脳裏に葵が過った。
そういえば、あの日以降酒は飲んでいない。飲む機会がないことはないのだが、なんとなく、飲んではいけないような気がして避けていたのだ。
「明日土曜日だし、いいだろ?」
「うん、じゃあ、行く」
たまには羽目を外してもいいだろう。
それに、今日は理人がいる。
飲みすぎても理人なら介抱してくれるだろうから不安はないし、勉強の息抜きも大切だ。
そう思い、壮太は二つ返事でオーケーした。
メンバーは、同じ学年の女子三人と壮太と理人。飲み進めていくうちに楽しくなってきて、会話は弾んでいた。
「二人とも、今日もラブラブだねぇー」
女子三人は理人の肩に頭を載せる壮太を見てにやにや笑っていた。
壮太はこのメンバーで飲むと、大体こうなる。別に理人に好意を抱いているとかではなくて、単純に気を許しているだけだった。
壮太がゲイであることも、たまにバーに通ってお持ち帰りされていることも、理人は全て知っている。
理人からすればそんな危なっかしいことをされるよりは自分にくっついてもらっていたほうが安心だ、という思いがあった。
「まあねー、壮太可愛いからさ」
「わかるー」
壮太は童顔で可愛い系の顔をしている。
身長もそこまで高くなく、女装したら女の子たちの中に紛れるのではないか、というくらいの中性的な容姿だ。
おまけに声も柔らかく高めだ。
夜な夜なお兄様方にお持ち帰りされてしまうのもなんとなく分かってしまう。
「壮太、寝るの?」
「ねーなーいー。カルーアー!」
「カルーアー、じゃないだろ、ちょっと寝とけ」
理人は正座していた太ももの上に壮太を沈ませた。
酒は強くはないが、寝れば回復するのが壮太である。
なのでこうして合間に寝かせてやるのが飲み会でのいつもの光景であった。
こんなことばかりしているからだろう、いつも「おしどり夫婦」、とか弄られてしまう。
もう慣れっこなので聞き流すだけだけど。
「壮太くんって彼女いないらしいよ」
「えー?狙っちゃおうかなぁ、小動物みたいで可愛いし」
「それ異性として見てないでしょー」
女性陣は壮太の話題ですっかり盛り上がっている。
彼女はいないけど彼氏はいるんじゃないか?と理人は思っているが言葉にはしない。
以前は恋人がいたと聞くが、それから何も聞かなくなったのであまりいい方向には進んでいないのだろう。
もしかしたらもう別れているのかもしれない。
その手の話題を理人から振ることはあまりないため、今の壮太の交際状況は分からない。
「理人、カルーアは?」
「ウーロン茶にしとけ。ほら」
「えー」
目覚めた壮太がブーブー文句を言いながら起き上がり、ウーロン茶を口にする。
相変わらず理人にもたれたままだ。恋人の話をしていた頃はこんなに密着したことはなかったのだが、しなくなった途端にこうなった。
人肌が恋しいとは以前ぼやいていたので、そういうことなんだろう、と理解している。
「ねえ壮太くん、恋人作らないの?」
女性陣の一人が壮太に尋ねる。
その質問は理人も気になるので壮太をじっと見る。んー、と唸りながら壮太はウーロン茶の入ったグラスを眺めている。
「ほしいけど、相手がいないから」
「ええー?壮太くんなら誰も断らないでしょ!」
女子の言葉に、適当なこと言うなぁ、と理人は半ば呆れながら壮太の反応を待つ。
そんなことないよ、と壮太は笑っている。
やはりあの恋人とは既に別れているらしい。
「じゃあ理人でいいや」
「おいこら、てきとーなこと言ってんじゃない」
こつん、と頭を小突いてやった。
女性陣は笑っているが、理人としては壮太が言うと冗談に聞こえないのだ。
「気になる人は?」
「え?ええ……っと、」
「あ、その反応!いるんじゃない?!」
さすが恋愛の話題には女性は鋭い。
壮太はかあっと赤くなり、それを隠すように口元を手で覆った。
こういう時、そういうことを自然に聞けるのはすごいなぁ、と感心する。
理人が知りたくても聞けなかったことだったからだ。
「……薬局の、薬剤師さん」
「ええええ!年上じゃん!名前は?」
「…………葵さん」
「キレイな名前。きっと美人な方なんだよね!」
女性陣はその情報だけで更にきゃあきゃあと盛り上がっている。
ここで女性の名前が出てくるなんて理人も予想外だった。
壮太はいつの日か、ゲイだから女はだめなんだ、と言っていたからだ。
よほどハイスペックな女性なのだろうか、一度会ってみたいものだ。
その後も女性陣からの激しい追及があったが、出会った場所とか、そういうことはぼやかされた。
まさか女性にお持ち帰りされたのか?
大人の女性なら有り得るのか?
と、理人は一人ぐるぐると考えていた。
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