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第13話
酔いつぶれとまではいかないが、一人で帰すには足取りが怪しかったので、理人は壮太を家まで送っていくことにした。何度も行っているので家までの道のりは把握している。道中、理人に引っ付いてふにゃふにゃ笑っている壮太は理人でも可愛いと思ってしまう。壮太が女ならそういう方向に考えたのだろうが、男だから残念だ。
壮太のアパートはオートロックなので流石に鍵がないと入れない。入口で立ち止まり、壮太を軽く小突いた。
「壮太、鍵」
「はぁい、こちらでーす」
壮太はキーケースをカバンから出し、鍵をプラプラさせた。その鍵を受け取って入口を開ける。ロビーに入り、そこから二階まで登らなければならない。二階の奥から数えて二番目が壮太の部屋だ。
「階段いやだー」
「ああもう!歩け!重い!」
理人にべたべたくっついて、なかなか思うように壮太は歩いてくれない。このままロビーでこんなバカなやり取りを続けるのも恥ずかしく、おんぶするか悩んでいると、後ろから壮太を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、長身のスーツ姿の若い男性が立っていた。壮太の知り合いだろうか。尋ねようと思い壮太を見ると、壮太は先程までとろんとしていた瞳を大きくあけて、口まであけて、ぽかん、としていた。
「……飲み会帰り?」
にっこりと尋ねてくる男性に、理人ははい、と頷く。壮太の知り合いであることは間違いなさそうだが、一体誰なのか。壮太はぽかんとした後に、急に頬を赤くしてあ、あ、と声にならない声をあげている。
「運ぼうか。僕は隣の住人だから。」
「や、だ、大丈夫です、葵さん!」
「……え?」
葵さん?今、壮太はこの男性に対し「葵さん」と言ったのか?今度は理人がきょとんとしてしまった。話に聞いていた人と名前が一緒だったからだ。
「すみません、もしかして、薬局勤めの葵さんですか?」
「ん?そうだよ」
「えええええええ!!」
男かよ!と壮太に突っ込んでしまった。名前は中性的だったが薬局勤めと聞いて勝手に女性を想像してしまっていた。面食いの壮太のことだから、きっと顔に惹かれたのだろう、壮太の好みのドストライクの顔をしている。想い人にこんなところで偶然会って、しかも理人にべたべたくっついているところまで見られてしまっては壮太も動揺しているに違いない。少なくとも理人は動揺している。
「壮太の恋人?」
「違います違います!オレ、こいつの同級です。潰れたんで運んで来たんです」
「そっか。ご苦労様。壮太って限度知らずで飲み続けるもんね」
そうなんです、と理人は頷いた。今日だって理人の静止に関わらず、まるで何かを忘れたいかのように酒を飲み干していた。あんな飲み方をしたら潰れてしまうだろう。
「壮太、歩ける?」
「むーりー」
仕方ない、このまま引きずって部屋まで連れて行こう、そう思い階段を上ろうとすると葵に制止された。
「オレがおぶるよ。ここまで大変だったでしょ」
「迷惑じゃないですか?」
「ううん。」
理人は壮太を見る。突然の申し出に壮太は固まっているようだ。
「ああ、じゃあ、こっちの方がいいかな?」
そう言うと、葵は軽々と壮太をお姫様抱っこしてしまった。か細いようで随分と力があるらしい。
「あ、あ、葵さんっ!」
壮太はぶわっと顔を赤くしている。耳まで真っ赤だ。
「ほら、つかまって。」
「……」
壮太は葵に言われるがまま、抱きつくような形をとった。鍵を持ったまま立ち尽くしていると葵に声を掛けられた。
「鍵、上まで上がって開けてもらえる?」
「あ、はい」
壮太をお姫様抱っこの状態で運ぶ葵の後ろをついていき、階段を上り、奥の部屋まで歩く。部屋の前で壮太を降ろすと壮太はすぐに理人にくっついた。
「君も薬学部生だよね。何か困ったことがあったらいつでも言って。力になるから」
「ありがとうございます。まあ、オレよりはこいつの成績の方が心配なんですけどね」
葵から降ろされた壮太は再び理人にくっついてきた。相手が違うだろ、と突っ込みたくなるがそんな勇気はないのだろう。
「本当にただの友達なの?」
「……そりゃ、誤解されますよね、これじゃ」
理人は苦笑した。
「人肌恋しいときはいっつもオレに甘えてくるんです。まあ、気心知れてるってのはあるんでしょうけど」
「君も苦労してるんだね」
葵はふふ、と笑って手を振った。本当に隣の住人なんだなぁ、と改めて思う。
「壮太、人肌恋しいなら添い寝しようか?」
「……葵さんと一緒にいると、変な気起こしそうで」
「変な気、起こしちゃダメなの?」
「そりゃ、オレたち別に、そういう関係じゃないし……」
今の言い方だと、きっと壮太は葵と体の関係をもったことがあるのだろう。しかも一度だけではないはずだ。壮太は助けを求めるかのように理人にしがみついて離れない。
「オレ、今から晩酌するんだけどさ、よかったらどう?」
突然の誘いに理人は戸惑った。ここは自分は帰って二人きりにするべきだと判断したからだ。折角の二人きりになるチャンスを無駄にすることはないだろう。
「壮太、オレ帰るから、葵さんと飲み直したら?」
「え?理人も一緒に決まってるだろ?」
どうしても二人きりにはなりたくない、が、葵とこのまま別れるのも嫌らしい。
「いいじゃない、おいでよ」
にこにこ顔で言う葵としがみ付く壮太に挟まれてしまい、理人はうーんと悩みに悩んだ。
「……じゃあ、お邪魔します」
何故このようなことになったのか。理由はさておき、二人は葵の晩酌に付き合うため葵の部屋へ入った。想い人を前にしているのだからきっとバカみたいに飲んだりしないはず、大丈夫だろう、と理人は自分に言い聞かせた。
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