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第24話
「ところで壮太、話があるの、勉強のことだけじゃないよね?」
「……」
どくん、と心臓が大きく鼓動を上げた。
自分から切り出すはずが、まさか葵の方からその話題を提示してくるなんて。
まだ心の準備ができていない。否、準備はできているはずなのに、いざとなると勇気が出ない。
「えっと、……」
好きです、と、その一言を伝えるだけなのに、口の中が急に渇き、言葉が上手く出てこない。
頭の中もパニックになって、ぐるぐる回る。
「言いたいことが、あって」
目を合わせるのが怖くて視線が明後日の方向を向いてしまう。
緊張と不安で手が小刻みに震え始めた。
どうしよう、言えない。
そう思い、ぎゅっと目を閉じたその時だった。
温かな大きな手が両手をとってくれた。
目を開けると、葵がしゃがんで下から壮太を見上げ、いつもの優しい笑顔を向けてくれていた。
「落ち着いて」
ああ、本当に葵はずるい。もしかしたら壮太が何を言おうとしているのかを既に察しているのかもしれない。
だけど自分からは言わなくて、壮太の言葉を待っている。
ずるい。いや、ずるくない。
言いたいことがあると言ったのは壮太ではないか。
だから、壮太の言葉を急かすことなく、じっと待ってくれているのではないか。
葵は十分優しいではないか。
「ゆっくりでいいよ」
こくん、と壮太は頷いた。
手から伝わる温もりが全身に行き届いたような気がした。
いつの間にか、手の震えはなくなっていた。不安と緊張は拭えないけど、今なら言える。
「オレ、気付いたら葵さんのことばっか考えてて」
「そうなの?」
「そうなんです。だからきっと、好きなんだろうなって」
葵をじっと見て、反応を伺う。
いつもの柔らかな表情を浮かべたまま、そっか、と葵は言った。
「でも、葵さんは……違うかもって思うと、苦しくて」
返事を聞くのが怖い。葵の言葉を聞くのが怖い。
だけど、今聞かないときっと後悔するだろう。悔いる選択はもうしたくない。
「葵さん、オレ、どうすればいいですか?」
だけど、自分から進む勇気も持てなくて、つい葵に助けを求めてしまった。
突然のパスに、葵はふふ、と微笑み、そうだねえ、と言った。
そして手を離すと優しく壮太を抱きしめた。
温かい。なんだかいい匂いもする。
本当にこの人のことが好きなんだな、と改めて思い知らされる。
「体の相性はいいんだろうなって、ずっと思ってたんだ」
体、という言葉を聞いて、ズキンと心が痛んだ。
最初は一夜だけの関係にするつもりで、それがずるずる続いてしまって。
出会いは良くなかったかもしれないけれど、この気持ちは本物だ。
どうすればこの想いは伝わるだろう。
体だけじゃなくて、壮太自身を見てほしい。どうすればその願いは叶うだろうか。
「壮太を抱いてると、落ち着くし、なんだか温かい気持ちになるからさ」
「それは、オレも思ってました」
だけどそれは、体だけじゃないからだ。
葵のことが好きだから、抱かれることを幸せに感じてしまうのだ。
そうでなければ、こんな悲しいこと、続けたりはしない。
「でも、あの、」
上手く言葉が出てこない。壮太はふるふるとかぶりをふる。
「オレは、」
「聞いて、壮太」
葵に言葉を遮られ、壮太は口を噤んだ。
「それだけじゃなくてね?」
葵は壮太の頭を優しく撫で、壮太と視線を合わせた。
「壮太のこと、放っておけなくて」
そう言うと、はは、と葵は苦笑した。
「駄目な大人だよね。放っておけないからって体だけ繋いじゃってさ。壮太の気持ち分かんないのにね、ずるいことばっかりしてた」
ごめんね、と言い、もう一度葵は壮太を抱きしめた。
「ごめんね、酷いことばかりしちゃってたね。壮太の気持ち、気付いてたのにね」
ずるい大人だね、と葵は独り言のようにぼそりと呟いた。抱きしめる力が一層強くなる。
「付き合おうか」
「えっ」
聞き間違いとかではないだろうか。壮太は耳を疑って、思わずそんな声を上げてしまった。
「オレも壮太のこと、好きみたいだから」
「……あ、えっと、」
刹那、がくん、と壮太は膝が折れ、床に座り込んでしまった。
緊張と不安から解放され、力が抜けてしまったようだ。
夢にまで見た両想い。夢か現かはっきりしない感じだ。
「ねえ、壮太」
葵も膝をついて、壮太と視線を合わせる。
「抱いていい?」
「……」
これは決して体だけの悲しい行為ではない、一夜限りの夢物語でもない。
愛し愛される者同士の、愛を確かめ合うための行為であり、手段であり、幸せな温かいもの。
涙が溢れそうになるのを堪えながら壮太はこくり、と頷いた。
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