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第28話
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
目が覚めて腕時計を確認すると朝の六時だった。
上体を起こすと、隣には葵の姿はなくて。
「……葵さん?」
どくん、と脈打った。
突如、言い知れぬ不安感に襲われて、壮太は布団をぎゅっと掴んだ。
これは、いつもの鬱の兆候だ。
誰かに抱きしめてもらいたい。もっともっと、愛してほしい。
「……」
だけど、そんなこと言ったら葵はどう思うだろう。
そんなに重い恋人なんてやっぱりいらない、と、前の恋人のように捨てられてしまうのではないだろうか。
葵に捨てられてしまったら、もう立ち直ることができない気がする。
それだけは嫌だ。
ならば、自分で解決するしかない。
結局誰にも何も言えない以上、唇を噛んでただ耐えるしかなかった。
「あ、壮太、起きたの?」
いつの間に着替えたのだろう、仕事仕様のカッターシャツとスーツのズボンを正しく着た葵が部屋へ入ってきた。
壮太に近付くとベッドに腰かけ、ちゅ、とキスをしてくれた。
「おはよう」
「おはよう、ございます」
おはようのキスだなんて、なんてベタな、と思いながらもその行為を喜んでいる自分がいた。
「ごめんね、シャワーとか着替えとかしに、一旦帰ってた」
確かに、わずかに髪の毛が濡れている。ドライヤーで乾かしたのだろうけれど、急いでいたのか完全には乾かしきれていないらしい。
「……葵さん、お願い事してもいいですか」
「うん、なに?」
「ぎゅってしてほしい」
葵はいつもの笑顔でにこりと頷き、壮太を優しく抱きしめてくれた。
それだけで不安だった気持ちがどこかへいってしまう気がする。
安心感を得られ、心地よい。
ずっと葵の側にいたい。もっと葵の温もりを感じていたい。
だけどそれはできないことだし、言えば重いと思われる可能性が高いので、胸の内に留めておくことにした。
「嬉しいです」
壮太も葵の背に手を回した。
大きな背中にドキドキしてしまう。
こんなに密着したらこのドキドキは伝わってしまうのではないだろうか。
「葵さんと恋人同士になれて、オレ、嬉しい」
「うん、オレもだよ。壮太は一目見た時から好きだったんだ」
「え?」
もしかしてそれは、一目惚れ、というやつではないだろうか。
壮太も葵を好きになったのは一目惚れからだった。
「オレもです」
「マジで?お互いがお互いを一目惚れしてたなんて、運命感じちゃうね」
運命、と聞いて飛び跳ねたくなるくらいに嬉しくなった。
そういうことを信じているわけではないけれど、もしも葵が運命の人ならばそうであってほしいと思うのだ。
「壮太のこと、何があっても離さないから覚悟してね」
「何があっても?」
「うん、何があっても、だよ」
葵には壮太の病気は完ぺきではないにしろ、大体はバレている。
それに葵は医療従事者だ。そういうことには理解がある方だろう。
もしかしたら葵になら自分のこの言い知れぬ不安感や鬱状態について、相談してもいいのではないだろうか。
そう思ったけれど、壮太はすぐに閉口した。
前の恋人の時も、そう思い、実行した結果、残念なことになってしまった。
健常人に鬱の人間の気持ちなんて分かるはずがない。
壮太はそんなことさえ思ってしまい、結局何も言えず、時間が許す限り葵を抱きしめていた。
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