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第29話

鬱は酷くなる一方だった。 講義はなんとか受けたけれど、家に帰るや否や、ベッドに直行した。 もう何もしたくない。何もやる気が出ないし、体が酷く重い。 (ダメだなぁ……) 愛してほしい。 ばかみたいに溺愛してほしい。 むちゃくちゃにしてほしい。 そんな思いがまたふつふつと湧き上がってきた 。今のこの思いを葵に全て伝えることができれば楽なのだろうが、どうしても躊躇してしまう。 でも、他に誰に頼ればいいのだろう。 「……」 気付けば壮太は理人にラインを送っていた。 いつもの弱音を呟くように送信し、再び枕に顔を埋める。 振動音が鳴ったのでスマホを見ると返事が返ってきていた。 『行こうか?』 今の壮太には有難い申し出だった。 一人でいるとどんどん深みにはまってしまうので、理人が話し相手になってくれると非常に助かる。 ありがとう、と送ると壮太は目を閉じ、意識を手放した。 壮太からの要請を受け、大学で残って勉強していた理人は急いで壮太のもとへ向かっていた。 鬱状態の壮太は一人にしておけない。 一人にするとハッテン場に行って見知らぬ男と体を重ねたり、とにかくいいことが何もないからだ。 「世話が焼けるなぁ……」 小走りで道中を急いだ。アパートまであと少し、というところだった。 「理人くん?」 「え?あ、葵さん」 仕事帰りだろうか、スーツ姿の葵に声を掛けられた。 葵はいつもの爽やかスマイルを浮かべている。 「どうしたの?」 「壮太から呼び出し食らったんです」 「呼び出し?壮太、どうかしたの?」 まあ、葵になら話してもいいだろう、そう思い、理人は連絡がきた経緯を簡単に説明した。 葵は表情一つ変えずに話を聞いてくれた。 話し終えると、ねえ、と葵は呼びかけた。 「オレも行っていいかな」 そんなの、壮太にとってはきっと願ったり叶ったりだろう。 おそらく壮太は今、心の拠り所がほしい状態だ。 理人が行くよりも想い人である葵が行く方が断然効果はあるだろう。 むしろ理人は邪魔になるかもしれない。 そうなればそそくさと退散し二人の世界を作り上げればいいだけの話だ。 「いいと思います。きっと喜びます」 「そか、よかった、じゃあ、入ろうか」 にこ、と葵は笑顔を向けるとエントランスホールへのキーパッド部の鍵を挿入した。 自動ドアが開いたので理人は中へ入る。 着いた、とだけラインを送り、理人は葵の後ろをついていく。 ラインは既読にはなっているが返事がない。 返事をする気力もないのかもしれない。 階段を上がり、壮太の部屋の前へとやってきた。 インターホンを鳴らすが返事がない。 しばらくするとスマホが振動し、ラインに「勝手に入って」と書いてあった。 相当病んでいる。 さて、どのようにしてリカバリーすべきだろう。 色々考えながら理人はドアを開けた。 電気は点いていない。 葵と顔を見合わせ、不安に思いながらも寝室へ向かい、ドアを開けるとベッドの上に布団の固まりが見えた。 布団をすっぽりとかぶり、外的刺激を防ごうとしている様子が見てとれる。 「壮太、きたぞ」 「……理人?」 葵は何故か部屋には入らず、廊下で待機している。 突然、呼んでもいない人物がいると驚くだろうし、きっと理人が葵がいることを告げるのを待っているのだろう。 「壮太、オレ、何すればいい?」 布団から顔を出した壮太の目は涙目だった。 今の今まで泣いていたのだろう、枕が濡れている。壮太は弱々しくも理人の腕を掴み、自分の方へ理人を引き寄せた。 「ぎゅってして。もう無理。一人無理」 「はいはい」 これくらいなら見られても大丈夫だろう。 そう思い、理人はベッドに腰かけ、壮太を強く抱きしめた。 この状態になった壮太の我儘をいつも理人は聞くことにしている。 我儘を聞いて、それで満足して心が満たされるならそれでいい、そう思っていた。 そういえば、理人が壮太と体の関係を持ったのもこんな日だった。 あの時はびっくりしたけれど、得体のしれぬ赤の他人と関係をもたれるよりはマシだと判断したのだ。 「壮太、オレなんかより、ぎゅーしてほしい相手がいるんじゃないの?」 「……」 壮太は何も言わない。 が、言いたいことは察した。言いあぐねているような感じだ。 迷惑をかけてしまう、とでも思っているのだろう。

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