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立花理人 1
赤の他人と体の関係を持つような、壮太のような趣味はない。
自分が男もいけることを知ったのは、壮太に誘われたことがきっかけだった。
壮太とは入学式で席が隣同士だった。
出席番号も連番だったので、すぐに打ち解けた。
壮太がうつ病だと知っても別に驚かなかったし、むしろ力になりたいと思った。
壮太の家には頻繁に行っていて、ゲームで遊んだり、課題をしたり、勉強を教えたり、色々な時間を共に過ごしていた。
理人は壮太と共に大学生活を送っていたと過言ではないだろう。
三年生に進級し、迎えた夏季休暇の頃、それは起きた。
夏季休暇明けにあるテストに備え、勉強するという名目でいつものように壮太の部屋へ訪れたのだ。会うのは実に一週間ぶりだ。
「壮太?」
部屋の電気がついていなかった。出迎えてくれた壮太の表情は暗く、やつれていた。
食事をまともに摂っていないような、そんな感じだった。
この一週間で一体何が起きたのか、理人には分からなかった。
「ご飯、食べてないのか?」
「……食べる気、起きなくて」
一人暮らしには広めの2LDKも、今日は狭さを感じてしまうような散乱っぷりだった。
辛うじて洗濯と食器洗いはしているようだが洗濯物は畳まれておらず、床に雑に放置してあった。
「ちょっと待ってな」
居ても立っても居られずに、理人は部屋を出て近くのコンビニへ行き、消化の良さそうなレトルトのお粥やスープ、ゼリーを購入し壮太の部屋へ戻った。
そしてその袋を壮太に押し付けた。
「何でもいいから食え!」
「……」
壮太は袋を受け取り、中を見た。
理人はキッチンからご飯茶碗とスプーンを持ってきてテーブルの上に置き、袋からお粥を取り出して中へ入れた。
温めずに食べれるタイプのものだった。
「温める?」
「いや、いい。オレ猫舌だし」
壮太は席に座ると、理人監視の下お粥を食べ始めた。
味を感じているのかいないのか、最初は少しずつだったけれど、空腹感が襲ってきたのか、ぱくぱくと食べ始めた。
「悪いな、オレ、料理苦手なんだわ」
「……ううん、ごめん、気ィ遣わせて」
スープとゼリーも綺麗に食べ、壮太は少し落ち着きを取り戻した様子だった。
「で、どうしたん?」
隣のイスに腰かけ、理人が尋ねる。
うん、と壮太は頷いて、ため息をついた。
「付き合ってた人にフラれちゃって。好きな人ができたってさ」
「あー、そういうやつか」
恋人がいたというのも初耳であるので驚く要素はあるのだけれど、なんとか平常心を保った。
「長く続かないなぁって。男運ないのかな、オレ」
「……おお、お前、そっちの人間か」
男運、と聞いて相手が男であったということが容易に検討がついた。
「あれ?言ってなかったっけ」
「初耳だな。まあ、だから何ってこともないんだけど」
「そか、じゃあ、いいや」
結構なカミングアウトをさらりとやってのけられた気がするが、壮太は気にしていない様子だった。
つまり、壮太はこれまで男の人と何人かとお付き合いをして、だけど長く続かずフラれる、というのを繰り返して。
今回はその件で酷く落ち込み、ご飯も食べられないくらいに鬱状態に陥った、と。
おそらく状況としてはそういうことだろう。
「落ち込んでもいいけど、飯くらい食えよ、心配する」
「うん、ごめん。助かった」
壮太は笑顔を見せるが、見ていて辛いくらい作り笑いだった。
折角の可愛い顔が台無しである。
なんとかしたいとは思うけれど、無理矢理テンションを上げるのも難しいだろう。
ここはいつも通り接するのが得策だと判断し、さてと、と理人は伸びをした。
「勉強でもする?」
「……なあ、理人、無茶なお願いしてもいい?」
「言ってみろよ」
壮太は理人の手をとって、じっと瞳を見つめた。
切なげなその瞳に危うく吸い込まれそうになり、理人は生唾を飲み込んだ。
壮太相手にこんなにドキドキするなんて、意味が分からない。
壮太はただの友達で、級友で、心を許し合える仲で。
「オレのこと、今日だけでいいから、抱いてほしい」
決してそういう関係ではなかったのに。
そういう目で見たことなんて一度もなかったのに。
だけど、壮太は本気の様子だった。
否、冗談でそんなこと言えないのは分かっている。
「今日だけ、一度だけでいい」
壮太は理人にすがってくる。
今にも消え入りそうな声で、見ている理人も辛かった。
自分にできることならなんでもしてあげたい。
だけど、これはそんな簡単な話ではない。
体の関係を持ったとして、果たして明日から同じような関係を続けられるのだろうか。
友達として接することができるのだろうか。
理人にはわからなかった。
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