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原葵 1

本気で恋をしたことはなかった。 他の同級生と比較しても恋に興味がある方ではなかった。 だけど、その容姿のおかげか恋愛事に困ったことは一度もなかった。 大体相手が葵に惚れて告白してきて、飽きた頃に葵がフる、というのが常だった。 自分から告白したことはないし、告白の仕方もよく分からない。 そもそも、感情がそこまでに至らない。 高校生の頃は女性と付き合ってもいたが、大学生頃になると自分がゲイであることに気付き、女性との付き合いは止めた。 無理して付き合う必要などないと思った。 本気で付き合うこともなかった。 本気で好きになられると後々が面倒くさいので、ハッテン場に行って自分と同じ目的の男を探し、誘い、一夜を共にする、というのが常だった。 勿論気になった子が告白してくれば付き合うこともあった。 が、あまり長続きはしなかった。 いつも葵の方がその子に途中で飽きてしまうのだ。 結局、本気の恋は一度もしないまま社会人になってしまった。 一夜限りの男とホテルから出るところを同僚の友治に見られたときは少し肝が冷えたけれど、友治はそのことについて誰にも言わなかったので助かった。 「お前、そういう系なんだ。誠実系のイメージだったから、なんか意外」 後日、友治にそんなことを言われた。 兼ねがねそれで合っているので笑って肯定しておいた。 否定しないのかよ、と突っ込まれたけれど、現場を目撃されてしまったし、否定する理由もなかった。何度か異動したけれど、行く先々で同じことを繰り返していた。 その場の流れで同僚の友治と寝たのも、その延長だった。 葵にとって特別なことでもなんでもない、日常の一つだった。 とにかく、本気の恋の仕方が分からなかったのだ。 壮太と出会うまでは、恋なんてしないと思っていた。 その日もいつもと同じ、一夜限りの相手を探し求め、バーを訪れた。 どんな人間がいるか、キョロキョロとあたりを見渡していると、一人の青年が目に留まった。 (可愛い……) おそらく一目惚れだったのだと思う。 男に似合わぬ可愛らしい容姿と背丈、そして、なんとなく悲しいオーラを出しているその雰囲気。何もかも、葵の心に突き刺さった。 (一人かな) 様子を伺ってみたけれど連れはいないようで、カウンターで一人で酒を嗜んでいる。 まるで誰かに声を掛けられるのを待っているようだった。 周囲を見ると、壮太をチラチラ見ている男が数人いた。 早く声を掛けないと先を越されてしまう。 「ねえ」 意を決し、葵は壮太に声をかけた。 壮太はこちらを振り返った。 近くで見ると増々可愛らしい。葵好みの顔だった。 どくん、と久々に心臓が高鳴るのを感じたが、あくまでも平常心を保つように努めた。 ここで焦って相手にやましい気持ちが伝わってしまうのは避けたい。 「ここにいると勘違いされちゃうよ」 葵は隣に座り、壮太に忠告した。 壮太は目をぱちくりさせて葵を見てきたが、すぐに視線は酒の入ったグラスへ戻ってしまった。 「勘違い、されたいからここにいるんです」 「そうなんだ」 壮太は誰かに声を掛けられるのを待っていたらしい。 勇気を出して正解だった。 ここでホテルに誘うのは簡単だけれど、成功率をもっと上げておきたい。 どんな言葉を投げかけるのが正解だろうか、どんな言葉をかけてほしいのだろうか。 頭をフル回転し、候補を脳内で上げては消去を繰り返した。 「寂しいの?」 壮太は一瞬固まって、こちらをちらりと見て、こくん、と静かに頷いた。 「そっか」 こうなってしまえばあとは葵の独壇場だ。 葵は少し考え、壮太の手を優しくとった。 壮太は不安そうな瞳をこちらに向け、だけどその眼には少し期待も含まれているように感じた。 「その相手、オレでもいいかな?」 にっこりと微笑むと、壮太は頬を赤らめて、俯いて。 「……大丈夫です」 落ちたな、と葵は勝利を確信した。 こんなに可愛い青年なら大歓迎だ。一夜限りの相手としては最高だと思った。 ……と、始めはそんな、邪な気持ちの方が強かった。

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