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原葵 2
初めて寝たとき、このまま終わるのは惜しいと思った。
もっと触れていたいし、キスしたいし、繋がっていたい。
頑なに閉ざすその心の中にも触れたいと思う。
だけど壮太は一夜限りだと言ったので、それは守らなければならない。
ジレンマだった。壮太の決意を汲み取って壮太と別れを告げるか、それとも前言撤回し、付き合いを続けるか。
だけど、葵が後者を選択したところで壮太がそれを選択するとは限らない。
「大学、遅刻しないようにね」
その場はすんなり別れたが、テーブルの上に読んでいた本をわざと置いてきた。
わざと忘れ物をし、再会のきっかけを作った自分の執念はすごいと思う。
だけど、葵に惚れた(と勝手に思っている)壮太ならばきっとこの再会の機会を逃さないはず。
頻繁にバーに通っていれば、きっとそのうち本を返すために現れるだろう。
寝不足の妙なテンションで出勤し、そんなことをずっと考えていた。その矢先だった。
「こんにちはー」
受付の弘美の声に反応して入口を見ると俯き加減で薬局に入ってくる壮太を見た。
まさかここの患者であったとは知らなくて、急いでパソコンで患者検索をした。
名前は中川壮太、年齢は21歳。驚くことに、自分の住んでいるアパート、というか、隣の部屋の住人ではないか。
「どうした?葵」
受付から処方箋を受け取った友治が葵に声をかけてきた。
葵はちらり、と処方箋に書いてある薬と病院名を確認した。
どうやらうつ病のようだ。
(寂しい……か)
昨日の壮太の言葉を思い出しだ。
これは壮太と関係を築くまたとないチャンスだ。
「友治、その子、オレが投薬行くよ」
そう思い、調剤を始めた友治に声をかけた。
葵はそんなことを滅多に言わないので友治は自然と首を傾げる。
「知り合い?」
「うん」
「じゃ、任せたよ」
調剤を終えた友治が薬の入ったトレーを葵に渡した。
薬をチェックし、袋に入れながらも待合室のイスに座る壮太を見る。
こちらには気付いていないようだ。
本当に、何の奇跡か、偶然か。これを逃してはならないと、葵は紙切れをとってラインのIDを書いた。
そして、袋にそっと忍ばせて、気付くことを願った。
(ああ、惚れたのは、こちらの方か)
余裕があるように振る舞っていても、実際葵に心の余裕なんてこれっぽっちもない。
壮太との再会の機会を図ったり、機会を逃すまいと躍起になったり、これのどこが、余裕のある男のすることだろうか。
カウンターへ移動して、壮太の姿をじっと見ながら葵はそのことに気付き一人微笑んだ。
二十七歳にして、初めて人に恋をした。
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