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原葵 8

買い物中も葵は心ここにあらずの状態だった。 何故こんなにも壮太が心配になるのか全く分からない。 そんな葵の状態に気付いてか、友治に頭を小突かれた。 「焦っても仕方ないだろ」 「……焦ってない」 「嘘付け、そわそわしすぎなんだよ、らしくもない」 友治はため息をついて、ちらり、と酒コーナーに視線を移した。 普段なら昼間っからは絶対に酒など飲まないのだけれど、同僚のこんな姿を見てしまうと勧めるか否か悩んでしまう。 それを察し、葵もまた酒コーナーに視線を移した。 帰って、問いただしていいものだろうか。 余裕のある男はそもそもそんなことしないのではないだろうか。 「お前さ、いい加減格好つけるの止めたら?」 「それは、」 「相思相愛なんだから、お前の格好悪いとこ見せたって嫌われないよ」 友治の言う通りかもしれない。 だけど、それは決して百パーセントではない。 もし無様な姿を見せて壮太を落胆させてしまったら葵の元から離れて行ってしまうかもしれない。 臆病者と言われるかもしれないが、離れていってしまうのが怖いと感じるくらいに壮太のことを想っているのだ。 「壮太にはまだ無様な姿は見せてないんだ。オレはそれでいいと思ってる」 「ふぅん。酒にベロベロに酔って泣き上戸になってる姿とか見せりゃいいじゃん」 「もー、そういう忘れたい過去をほじくり返すのやめてくれるかなあ?」 カルーアの瓶を手に取って、少し考えた。 そういえば、家のカルーアがそろそろなくなる気がする。 買っておいてもいいだろう。 決して昼から酒の力を借りたいなんて思ってはいない。決して。 「買うのかよ」 「ストックがなかったのを思い出しただけだよ」 「ふぅん」 友治の視線が痛い。 自分に言い訳して酒まで買うなんて、格好悪いなぁ、と自分自身にため息をついてしまった。 壮太の家のチャイムを鳴らすとすぐに玄関ドアが開かれた。 壮太は葵の姿を見るや否や、ぱあっと笑顔になった。 その笑顔が可愛すぎて心臓を射抜かれた。 「おかえりなさい!」 「ただいま。何してたの?」 「勉強です。入ってください。山下さんも」 中に入ると、リビングのテーブルには参考書が広げられており、理人がイスに座っていた。 本当に勉強をしていたらしい。 性的な行為はしていないようで、まずは一安心した。 「あれ、昼間っからお酒飲むんですか?」 「え?ああ、違うよ、ストックがないのを思い出しただけ」 袋に入ったカルーアを指さされ、ぎくりとしてしまった。 そんな葵を横目で見て、友治はにやりと笑った。 「中川くん、こいつ泣き上戸なんだよ。いつかベロベロに酔っぱらせてみ?面白いから」 「ちょ、友治!」 なんで余計なことを壮太に喋ってしまうのか。 壮太をちらりと見ると、へえ、と驚いた表情を見せていた。 「葵さん、いつも完璧人間だから、ネジが緩んだところ見てみたいです」 「だろー?葵、酒飲め、お前だけ」 「なんでだよ」 友治には飲みすぎた所を何度も見られているので隠すことはしないのだが、壮太がいるとなれば話は別である。 絶対に理性を飛ばしてはいけない。 泣き上戸と言われているが、実はあまりそのことを覚えていないのだ。 自分でもどうなるか分からないのにそんな姿を見せたくない。 だが、友治はそんな葵の思いをガン無視し、楽しそうに理人に話しかける。 「理人くんは今からでも飲める人?」 「え?まあ、大丈夫ですけど、二人の家、カルーアしかないですよ?」 「じゃ、買いに行こう。葵の部屋で飲むから、お前ら移動しとけ」 「えっ?本気?」 友治は本気の顔だった。 止めたいのに壮太は楽しそうに目を輝かせている。 理人も心なしか楽しんでいるように見える。 そんなにも人の無様な姿を見るのが楽しいものなのか、人の心はよく分からない。 そうこうしているうちに、友治は理人を連れて外へ出て行ってしまった。 こうなればもう溜息しか出てこない。 頭を抱えていると、壮太に服の裾をくいっと引っ張られた。 「移動します?」 「……壮太、そんなにオレのヘタレな姿見たいの?」 壮太はかなり乗り気だ。 一応聞いてみたけれど、壮太は楽しそうにこくんと頷いた。 こうなれば、葵のやることはただ一つ、だ。 「オレが潰れるのと、壮太が潰れるの、どっちが先かな」 「えっ!!オレも飲むんですか?!」 「理性を手放すのが先なのはどっちかなー」 「嘘でしょ!」 壮太の酒の弱さは知っている。 こうなれば先に酔い潰すしかない。 友治や理人には、そんな姿を見られても最悪よしとしよう。 だが壮太だけはだめだ。 イメージダウンに繋がってしまう。 壮太がブーブー文句を言うのを聞き流しながら、葵は玄関に向かった。

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