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中川壮太 4
不安になっている恋人を安心させるにはどうすればいいのだろう。普段とは完全に立場が逆になってしまい、壮太は頭が真っ白になっていた。
「葵さん、とりあえず、向こうのソファに座りましょう?」
助け舟を出すために理人はイスから立ち上がり、ふらふらしている葵の腕を自身の肩に回し、ソファの方へ誘導した。そんな二人をぼんやり眺めていると、ちょん、と突かれた。
「どう?びっくりしたろ?」
くっく、と笑いを堪えながら友治が壮太に声をかけた。
弱々しい葵の姿を初めて見て、驚きはしたけれど、それを嫌だとか、そういう風には思わなかった。
むしろ、人間的な一面を見ることができて、葵も同じ人間だな、と安堵した。葵はとにかく完璧人間で、隙なんて見たことがなかったから。
その間にも、理人がキッチンから水を入れたコップを持って行き、葵に飲ませて落ち着かせようと試みてくれている。
「大丈夫ですか?少しは落ち着きました?」
葵の額をハンカチで拭いながら理人は心配そうに顔色を伺っている。壮太は何にも頭が回らなくて立ち尽くしているだけなのに、理人は冷静だし、気がきく。だからこそ、毎回壮太の面倒も見てくれたのだろうけれど。
あとでお礼を言わないとな、と思っていた矢先だった。
「理人くんは、どんな味なのかな?」
「は?」
一瞬だった。
葵が理人の背中に腕を回し、ぐい、と自分の方へ抱き寄せた。
一体何が起きている?
どうして葵と理人がキスをしているのだろう。しかもあんな、熱情的な。
流石に驚いたのだろう、理人は逃げようとしたけれど、葵の方が力は強かったようで、がっしりとホールドされ逃げられない状態だ。
「オレは壮太じゃない……あっ、……ふ!」
怒る、とか、そういう感情は不思議と湧いてはこなかった。ただ何となく、葵がどこかしら怒っているような、イライラしているような、そんな気がした。
「やっべ、悪い癖が出始めた」
「悪い癖?」
壮太が問うと、友治は苦笑しながら頷いた。
「あいつ、もともと下半身緩いからさ。いつもは一応自制してるみたいだけど、酔いが回ると見境なくなって。でも大体拒まれないんだよ。イケメンだし、何より、」
テクニシャンだから。多分そう言おうとしたんだろう。その手技に酔いしれてしまうのは壮太が一番よく分かっている。だから今、理人が葵に逆らえず、数秒足らずで雌の顔にされてしまっているのにも納得がいってしまった。
つい最近までノンケ側の人間だった友人が、たったの数秒で思わず生唾を飲み込んでしまいそうになるくらい美味しそうな表情を浮べている。目がとろんとして、葵の胸板に頭を預けて。こちらに気付いたのか、潤んだ瞳で壮太に訴えかけてくる。助けてくれ、と。
「やめ、あっ……もう、ふ、う……」
体を弄られながら、声を出すまいと必死に我慢しているようで。抵抗はしているけれど、力が入っていないようで何の意味も成していない。このままだと理人が葵に食べられてしまう。
「葵、そのへんにしといてやれ」
さすがに見ていられなくなったようで、友治が声をかけるが、なんで?と葵は不満げだ。
「壮太が夢中になる子を味見して何が悪い?」
「いや、中川くんを相手にしているときって、理人くん、タチだから。ネコじゃないから」
葵はちらりと理人を見る。涙目になりながら、理人はうんうん、と頷いている。
「……そっか。オレが食べるんじゃ、違うか」
そういう問題だろうか?
いや、理人を助けることができるなら理由なんてなんでもいい。これで理人は解放される、そう思った矢先だった。葵はひょい、と理人を持ち上げて、自分の腰の上に跨らせた。
「じゃあ、オレを食べてみて?」
「!?」
何故そうなる?
一体どういう風に考えればそんな結論に至るのか。いや、何も考えていないかもしれない。今の葵は酔っぱらいだ。言って理解してくれるような状態ではない。
「いや、え?……え?」
「だから葵!離してやれって!」
見るにみかねた友治がソファの方へ近付いて、理人を後ろから抱きしめた。そのまま葵に顔を近付け、睨みつけている。
が、そこで怯むような葵ではなかった。
「相手がお前なら、手加減なんていらないよな?」
「山下さん!」
遅かった。
本当に、一瞬だった。
葵は一体何者なのだろうか。キスだけで次から次へと男たちを沈めていく。その技は、どこで習得したものなのか。
理人をソファの端に座らせて、理人を枕にするような形で友治を仰向けにソファへ沈める。片足で器用に友治の股下を刺激しながら抵抗させないようにしつつ、ほら、と理人の顎をくい、と上げる。
「オレを食べないと、友治、食べられちゃうよ?オレに。」
「う……ぁ、」
葵の魔の手に落ちてしまった二人を壮太はただただ呆然と眺めていた。
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