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立花理人 9
壮太が葵と寝室へ消えて二十分くらい経った気がする。あんなに挑発して、無事に戻ってくることができるのだろうか。
「葵さん、やばすぎでしょ」
「本当それなんだよ。抗えないんだよ、あいつ、上手すぎるから……」
この言い方、友治はおそらく何度も葵にやられているんだろう、と容易く想像できた。
何度か、葵が壮太を抱いているところは不本意であるが目の当たりにしている。その時の壮太の反応を見る限り、手慣れているんだろうとは思っていたが、その技量は想像できない領域であった。
「正直、オレ、覚悟してました」
葵にキスをされただけなのに、下半身が異様に反応してしまって。その後に、襲うように言われた時はもう、葵の手の中に落ちてしまったと自覚していた。
「てか、もっと正直に話すと、抱かれたかったかも、しれない」
キスだけであれだ。それ以上となると、どうなるんだろう。そう思わせられるような、葵の視線も頭から離れない。
あれは好きとか嫌いとか、そういう次元の話ではなくて、一度でいいから体験してみたい、とか、なんかそんな感じの話だ。
ちょっとだけ壮太が羨ましいと思ってしまった。
「あー…」
友治は何かを思い出したようで、苦笑いを浮かべている。
「あれは、一度経験すると多分、なかなか忘れられないと思う」
「そんなに良かったんですか?」
「やばいときは、理性失くすのに五分要らない」
「……」
ちょっと意味がわからない。
そんなやばい男の相手を今、壮太は一人でしているのか?
あんまり大丈夫ではない気がする。
「これ、壮太が負けたら、オレたちどうなります?今日、無事に帰れます?」
「そうだなぁ……」
友治はソファに背を預け、遠くをぼんやり眺めた。
「明日が休みでよかった」
「え?オレたちも食われるってことですか?」
「ま、これも経験だ」
ここ、そういう控室じゃないよね?と心の中で突っ込みを入れてしまいたい気持ちになった。
「今日は一段と荒れてたからな。普段は酔っても夜の顔はなかなか見せないんだけど、今日はフルオープンだったなぁ。めちゃめちゃ嫉妬してたし」
「あぁ、ですよね。あんな恐ろしいボディガードいたら普通、手ぇ出しませんって。実際、オレは壮太に何にも手なんか出してないのになぁ」
いつもの癖か、ノリか、壮太は理人に寄りかかってきてしまう。
今までこんな風に嫉妬心を見せることなんてなかった。
仲良いなぁ、とか、子どもを見守る保護者のような、そんな温かい視線を向けていたいつもの葵が、今日はいなかった。
「理人くんは、」
ちらり、と友治が理人を見て、再びどこか別の方へ視線を泳がせた。
「つまりその、……葵にされたことはないってことでいいんだよな?」
「ないですよ。相手は壮太の彼氏ですし、向こうもその気はないと思います」
「だよな。はぁ……よかった」
一体何を心配しているのだろう。
よく分からなくて首を傾げていると、友治は力なく笑った。
「あいつとのセックスを経験しちゃうと、他じゃ満足できない体になりそうでさ。つまり、その、」
「……そういうのはオレにはよく分かりませんけど、セックスしたいから友治さんと一緒にいるとか、そういうのじゃないんで、大丈夫、というか」
何を不安に思っているのかは分からないけど、それとこれとは話が別だと思うのだ。
中には体の関係が切っても切れなくて、というのもあるかもしれないけれど。
「ただ、隣にいたいからいるだけなんで。そういうのは、オレにとっては二の次、かな」
「……ごめん、ハグしていい?」
理人が友治から視線を逸らすと、後ろから抱きしめられた。
もしかしたら、恥ずかしいことを淡々と言ったかもしれない。
今になって顔が熱くなってきて、振り返ることができなくなってしまった。
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