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山下友治 10

転職して入った会社に新入社員として入ってきたのが葵だった。 入社のタイミングとしては同時期だが、薬剤師としては友治の方が先輩だった。 仕事に対して真面目で誠実な葵の姿勢には感心していて、聞かれたことには答えるし、熱心に教えた。 凄く印象の良い好青年だった。 「表向きは、な」 葵が目を覚ますまでの間、壮太と理人に出会った頃の葵の様子が知りたいとせがまれたので今こうして話しているのだが、第一印象だけはよかったんだよなぁ、とため息をついた。 「偶然鉢合わせたんだよ、ホテルから男と出てきたあいつに」 目があって、焦ったのは友治の方だった。 葵は取り乱した様子もなく、むしろ普段通りだった。 「あ、先輩。奇遇ですね、ご飯どうです?……じゃ、ねーんだよぉ……」 「うわぁ……想像できる」 理人が憐れみながら苦笑した。 友治はゲイではなく、ノンケだったと思っている。 胸の大きい女性が大好きだし、男に迫られたって何にもときめくことはない。 残念ながら当時交際していた人はいなかったのでそれを証明することはできなかったのだけれど。 「ホテルから出てきた後輩と、何が悲しくて晩飯一緒にしなきゃなんねーの?意味わからん」 「え?いや、あれ?葵さんのそのお相手は?いたんですよね?」 壮太の疑問に、友治は大きなため息をついた。 「目的は達したんでここで解散です。……だと」 つまり、体だけの関係だった、ということだ。 下手をすれば、その日一回限りの相手であった可能性もある。 「山下さん、お気の毒に……」 「中川くん、君は常識人で安心したよ」 先程まで見知らぬ男と寝ていた後輩と晩御飯を一緒にして、何を話せばいい? 気まずくて何の話題を振ればいいかすら分からなかった。 晩御飯、と言うが、葵と食事に行く機会なんてそんなになくて、まだ今ほど親しくはなかった。 「あいつは周知の通り、恰好付け野郎だ。だからオレの前ではカルーアミルクなんて甘ったるい酒はまだ飲まなかったんだ」 「……え?もしかして、」 「ああ、中川くんの察しの通りだ」 友治は何も考えずに日本酒を飲んでいた。 葵はおそらく、それに合わせたのだろう。見栄をはるために友治と同じものを注文していた。 「で、多分なんだけど、冷静装ってたけど、オレに現場を見られたことで内心焦ってたんだろうよ」 友治も、動揺していたとはいえ、人にはそれぞれ性癖やら好みやら、世界があるのだからそこに踏み入ってはいけないし詮索もしてはいけないと承知しており、特にその話題については触れなかった。 かえってそれが、葵に焦りを生じさせてしまったようだった。 気づいた頃には葵はすっかり出来上がっていて、一人で帰すには放っておけない状態になっていた。 タクシーを拾って社宅まで戻ったが、葵の部屋は三階だった。 階段しかないアパートだったため、その状態の葵を三階まで運ぶのは重労働と判断し、やむを得ず、一階だった友治の部屋に収容することにした。 「で?それが二人のイケナイ関係の始まりですか?」 「……なんでお前ら、そんなに楽しそうなんだよ」 理人と壮太はまるで恋バナを聞く女学生みたいな反応をしている。 ここではぐらかしてもしつこく聞いてくるだろうし、喋ってしまった方が楽かもしれない。 そんなに大した話でもないし、先程葵にやられそうになった時点で威厳も何もないだろう。 「先輩は、ノンケでしょ?」 寝室の床の上に座り込んで、葵は見上げながら尋ねてきた。 「驚いた?」 「……まあ、多少は」 近くの自販機で買ってきた水の入ったペットボトルを葵に渡すと、ありがと、と微笑んできた。 「お前が男を好きだろうが、オレには関係ない話だから、……何にも言わないよ」 「ふぅん、優しいね、先輩」 土曜日は昼過ぎまでのシフトだったため、友治は私服に着替えていたが葵はスーツのままだった。 仕事が終わってホテルに直行したのだろう。 水を何口か飲んだあと、蓋をしてペットボトルを床に置き、じっと友治を見る。 「聞かないの?」 「何を?」 「どっち?とか?」 どっちでもいいわ!と心の中で突っ込みを入れてしまった。 自分の後輩がゲイで、ネコかタチかを知りたいか? 普通は知りたいものなのだろうか。 友治の知らない世界の住人の踏み入れたことのない性癖なんて、よく分からないし興味すら抱かなかった。 「まあ、……不特定多数とやるんなら、ゴムくらい、つけろよ」 医療人として心配なのは葵の体だった。 きっとこれが初めてではないだろう。が、それを止めろと言うのもおかしい話。 「付けてくれる相手とやれよな」 「ふぅん、先輩、それってつまり、」 葵はスーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めた。 「先輩には、オレがネコに見えるんだね」 無意識だった。 よく分からないけれど、多分、そう見えてしまっていたのだろう。 整った綺麗な顔立ち、白い肌。お酒のせいでほんのり赤く染まった頬。少し汗ばんだ体。ちらり、とみえる鎖骨。 そして、友治を離さない、その瞳。 「ゴム、あるよ」 ワイシャツのポケットから取り出したそれをちらつかせ、にこっと葵は笑った。 「つけてくれるんでしょ?先輩は」 一体、何が起きているんだろう。 昼まで一緒に働いていた同僚が、自分の部屋で、コンドームをちらつかせて、あからさまに友治を誘惑しようとしている。 そんなことをしなくても絶対に他言はしないのに。 だから、口止めなんて、しなくていいのに。 「原、あのさ、」 「葵でいいよ、先輩」 葵は両手を伸ばし、友治を誘った。 「抱くときは、葵でいいよ」

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