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祝杯をあげる
月曜日に再会してからというもの、生活の大半を司と過ごす生活が続いていた。
火曜日には自然と登下校を共にするようになり、水曜日にはバイト先までついてきて、木曜日には夕食を一緒に食べた。
それが鬱陶しいかと問われればそうではない。司は俺の生活スタイルを乱すことなく、適度な距離感で俺と居てくれる。
だから司から何かをしようと言い出すのは珍しく、俺は金曜日を密かに楽しみにしていた。
「……よし。お疲れ様でしたー!」
20時までのバイトを終え手早く着替える。せっかくだし何か酒のつまみでも買って行ってやるかと思い、近くの食品売り場へと足を運んだ。
2人が二十歳を過ぎてから月に1度ずつ。頻繁に飲んではいたから、司の好みくらいは熟知している。
あいつは、俺には「辛い」と感じるくらいのものが好きだ。舌がヒリヒリしないのかって聞いたら「それがいいんだよ」と返されたこともある。俺には理解できないし、したいとも思わないけれど、今日は司の歓迎会みたいなものだから「激辛!」と書かれたパッケージのつまみを手にレジへと向かう。
「ありがとうございました」
透き通った店員の声を背に歩調を早める。空気の澄んだ夜には、ちらほら星が浮かんでいた。
思えばバイト先から帰るのが楽しみだと感じるのは、今日が初かもしれない。1人きりの部屋に戻るのは寂しくて、いつも同僚と話しては帰る時間を遅らせていた。待ってくれる人がいるというのは、この後も予定があるというのは、こんなにも楽しみを抱かせてくれるものなのかと知った。
自転車を走らせ十数分が経てば、司の待つマンションが見えてくる。
「今着いた。風呂入ったらまた連絡するから」
「了解、お疲れ様」
軽いメッセージだけを入れて、俺は司を迎える準備を始めた。掃除機をさっとかけ、お風呂に入り、机の上を整える。お気に入りの背の高いグラスを置けば、一気に祝杯ムードだ。
「いつでもどうぞ」
そう送れば1分もしないうちに既読がつき、次いでインターホンが鳴らされる。ろくに確認もしないままに扉を開け、迎え入れた。
「お邪魔します」
現れたのは随分とラフな格好をした司。だが、そんな姿でも変わらず爽やかイケメンのオーラは持続している。前を通られると、ふわりといい香りがする気さえした。
「どうしたの?ぼうっとして」
「……なんでもねぇよ」
残り香に縛られて動けなくなっていた俺を、司の声が解く。自然と2人で並んで座ったソファは、窮屈でもなく離れすぎるわけでもなくちょうどいい。いざ目の前にある冷えた缶をグラスに注ごうとしたところで、その手が止められた。
「実家から持ってきたお酒があるんだ」
そう言って司が見せたのは、瓶に入った、いかにも高そうで美味しそうなお酒。
「せっかくだし颯と飲みたいなと思って」
「いいのか?」
確認のために聞くものの、その手は司の持つ瓶へと伸びる。飲む前からごくりと喉が鳴ってしまう。
「もちろん。そのために持ってきたんだから」
少し色のついた透き通った液体がグラスに注がれ、どちらかとなく視線を合わせる。
「じゃあ、司の歓迎ってことで」
「乾杯」
カン、と高い音を立ててグラスが鳴く。勢いよく傾ければ、冷たい液体が喉を潤す。
感じたのは、確かに「幸せ」という感情だった。
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