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第9話

慶一の書いた小説の装丁を手掛けること。それは、今も変わらず秋青を支える壮大な夢だ。 けれども、だからという理由だけで、今のデザイン事務所を選んだわけではない。 「在学中に結果を残してきた自負があったから、俺ちょっと天狗になってたんだ。今思えばすごく浅はかだし傲慢だけど……」 自分の実力を最大限に発揮できるほど大きな案件が、この事務所にどれくらい来るのか。 面接の際、遠回しにそう尋ねた秋青の言葉を鼻で笑い飛ばしたのは、今秋青が所属するチームのリーダーだ。 ――ここはお前の理想を実現する場所でもなければ、実力を測る場所でも実績を積む場所でもない。依頼主の理想を実現する場所だ。自分の力をどうするか、それはお前自身が決めることであって、他人に委ねることじゃねーんだよ。 投げられた言葉もにもだが、実際に仕事ぶりを見せてもらって、秋青は思い知らされた。 何の枠組みも制限もない中で、いかに自由に、自分らしさを表現するか。それができればよかったのは、ひとえに自分が学生だったからだ。 依頼主のほとんどは、芸術とは無縁の人たち。漠然としたイメージしか与えられない中で、自分たちの表現力を駆使して、いかに依頼主の理想を具現化できるか。それが、作品と仕事の違いなのだと。 誰一人文句を言わず、妥協もせず、再考に再考を重ねて、依頼主の理想を現実にしていく過程を目の当たりにして、ここで働きたいと思ったのは、紛れもなく秋青の意思だった。 「だからね、慶一さんは俺から何も奪ったりしてないんだよ」 秋青の未来も、可能性も、自分と一緒にいることで秋青が失くしてしまったと慶一が思っているもの、その何一つ。

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