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第12話
「慶一さんが俺を買ってくれてるのは知ってる。でもやっぱり俺は、まだ自分にはスキルもレベルも足りてないと思ってるし、やっぱり俺、絵とかデザインの仕事が心底好きだ。だからこれからもっともっと、頑張りたい」
だから、えっと。要するに、その。
それまで黙って神妙に話を聞いていた慶一は、突然言葉を詰まらせた秋青をいぶかしげに振り返る。
「何が言いたいかっていうと、やっぱり、寝室一緒がいいな、っていう……」
……。
「はあ?なんでそういう話になるんだよ」
驚きに勢い余ったのもあって、慶一の語気が強くなる。
「やっぱりダメかな……」とあきらめたように笑う秋青を見て、今にも泣き出しそうになっているのはなぜか、拒絶したはずの慶一の方だった。
「俺、あなたが腕の中にいないとよく眠れないんだ。……さみしいんだよ」
一日でも早く一人前になって、慶一の書く小説にこの手が届くには。慶一のためにコーヒーを淹れる時間がないことも、慶一が起きる時間より早く自分が家を出てしまうことも、これから先今よりもっと増えるだろう。
泊まり込みで、慶一の待つこの家へ帰って来られない日だって、あるかもしれない。
だからせめて、一緒にいられるときくらいは、互いのぬくもりを感じていたい。
これまで二人は、いつの間にか暗黙の了解のようにできた、静かで、どこか荘厳で、互いを無言のうちに慈しむようなあの朝の時間を、とても大切にしてきた。
それは同時に、慶一が頑なに秋青との間に引いてきた“一線”でもある。いつかさよならのときが来るのなら「行ってきます」と、まるで仕事に出かけるみたいに、何でもないある日の朝みたいに、そっとこの手を放してほしい。
秋青が自分から離れていくときを、特別な瞬間にしないでほしい。そうすれば、秋青がいなくなった後、一人でもずっと楽に生きて行けるはずだ。
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