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おあずけ

「敬吾さん」 「ん?」 「逸くんと何かありました?」 「げほっ」 絵に描いたように咳き込んで、敬吾は自分よりも若干背の高いバイト仲間を見た。 そのほんの僅かな差を妙に大儀に見上げてしまうのは、自分が縮こまってしまっているからかーーー 「え………、…………え?」 「あったんですかー?」 「なんでまた」 「全っ然元気ないですもん、逸くん」 「え、」 ごく気軽に心配そうな顔をしているだけで、妙な勘ぐりや下衆な好奇心は見えない。 そこに安心はしたがーー 「……………げんきない?」 「はい。や、そもそもなんですけど逸くんて敬吾さんのこと好きですよね?」 「さっちゃんって鋭いよね……」 「あれに気付かない人間なんかいませんて」 「……………」 それはまあそうか。 幾分動転していたことを自覚して、敬吾は姿勢を正した。 「まあそれでですね、逸くん超分かりやすいじゃないですか。敬吾さんいると元気だし。それが最近ずいぶん沈んでるなーって」 「へー…… え、サボってるってこと?」 「敬吾さん鬼ですね……」 はたと気付いたように言い放った敬吾に、幸は若干気の毒そうな視線を向ける。 「いやいや、仕事はちゃんとしてるし敬吾さん以外に冷たいとかそんなことじゃないですよ?ただ元気ないんですよ。え、どうした二日酔い?みたいな」 「えー」 「風邪引いた?みたいな。朝ごはんちゃんと食った?みたいな」 「分かった分かった。へー、そうかな」 「じゃあ心当たりなしですか?」 「うん、全然……」 「絶対敬吾さん関係だと思ったんだけどなあ。じゃあほんとに具合悪いんじゃないですかねー、もしかして」 いや、そんな風でもないけどーーと言いかけて敬吾はやめた。 危うくボロを出すところであった。 ここのところ逸は妙に積極的だ。 いや、もともと積極的どころではないアプローチを繰り返していた男だがーー敬吾が陥落して以降は、てっきり図に乗るものと思っていた予想を裏切ってすっかり大人しくなっていたのだ。 それがまた解凍され始めている、というような。 とは言え、来訪が増えたとか、スキンシップが増えたとか、他愛もない話で連絡が来ることが増えたとか、その程度ではあるが。 その、見ることが増えた逸の顔を思い返すにつけ元気がないとはーーないとはーーーー (………あれ?) 再凍結、されているかもしれない。

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