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おあずけ 2

(きつい…………!!!) バイトから帰るなり逸はベッドに倒れ込んだ。 (触りたい…!敬吾さんさわりたいー!!!!) ばふばふとひとしきり布団を掻き回して、気が済んだらぱったりと手足を投げ出す。 ここのところ自分の操縦の仕方が分からなくなったように感じていた。 中途半端に敬吾に触れてしまったものだから、今までどうにか閉じ込めていた欲求が暴れ出してしまっている。 圧のかかり切った堰が、耐えきれず小さな亀裂を産むように。 そもそもが異性愛者である敬吾が、自分を受け入れてくれた。 もしかしたら、そこに積極的な恋愛感情は無いのかもしれない、情けや諦めのような気持ちだったのかもしれない、だがそれを虚しいと感じる隙もないほど好きで好きで、どんな形であれ触れられるのなら構わない、身に余る幸福だ、そう思うのだが。 それを、未だ最後までは遂げられない、それを幾度も繰り返す、ではーーー 若い上に浮かれきっている逸には生殺しも良いところであった。 (爆発する……………) このままでは酷いことまでしてしまいそうで、敬吾と会う前には自己処理をするのがここのところ逸が敷いている対策だった。 その上でできるだけ接触も避けるという徹底ぶりである。 逸の世界は今のところ敬吾が最優先事項であるからそんなことにはなるまいが万が一、万が一にもその敬吾に狼藉を働くような危険性は排除しておかなければならない。 今の逸は、付き合いたての頃のように敬吾を遠巻きにしていた。 (ご飯どうしよ) ここのところ、予定が合えば夕食は一緒に取っている。 敬吾はあまり料理はしないらしかった。 会いたいけれどもーーー 何かしでかしたらどうしようという危惧と、会えば逆に辛いというわがままがちらりと顔を出す。 ーー今日は、やめておこうか…… 一瞬弱気になるものの、だがやはり、とどこかで引き留められる。 外に行く予定もないし、外食は不経済だしーーそんなものはどうにかする気になればどうにでもなるというのに。 その柔らかさに慰めを求めるように、逸は掛け布団をぽんぽんと叩いた。 が、つい先日ーーと言っても一週間ほど前だがーーそこに敬吾が寝ていたことを思い出して、また追い詰められてしまった。 そうなるともうこの部屋のどこにでも敬吾の影を見つけられてしまう。 「ダメだ……やっぱ外行こ……」 ファストフードでも齧ればいい。 誰か捕まるなら付き合ってもらうのもいいだろう。 適当に上着を拾いながら玄関に向かい、端末を操作する。さて誰に声をかけてみよう。 「うおっーー」 「わ、すいませんーー……!」 ドアの外に誰かいたらしく、逸は慌ててドアを引いた。がーー 「あれ、出かけるとこか」 「敬吾さん!どうしたんですか」 「いや、どうしたっつーか」 そこにいた予想外の人物は、手に下げていた大きなレジ袋を軽く上げた。 「お前んちホットプレートあったっけ?」 「ありますけど」 「焼き肉しようと思って。うまそうなタン安かったから超買ってきた」 「マジですか!」 「でもお前出掛けるんじゃねーのか、明日でもいーー」 〈もしもーし。あれ?もしもーーし〉 端末から遠い声が漏れてくる。 「ごめんうるさい、じゃあな」 〈はっ?そっちがかけてきーー〉 言うなり本当に通話を切って、逸はこともなげに敬吾に向き直る。 敬吾の顔はこの上なく呆れてかつ驚いていた。 誰にでも優しい男だと思っていたが、こんな傍若無人な振る舞いをすることもあるのか。 「お前今のはねーだろ……俺のは別に明日でもいいって。かけなおせよ」 「いや!全然!!約束してたとかじゃないんですよ、暇かなと思ってかけただけなんで!メールでもしときます」 「そうかぁ……?」 訝しげなままの敬吾を、半ば強引に招き入れると逸はしまったと思った。 今日は会わないでおこうと思ったのではなかったか。 ……結局、敬吾を目の前にしてしまうとこうなる。 我ながら呆れてしまって逸も履いたばかりの靴を脱いだ。 「こんないっぱい買ってきてくれたんですか?俺も半分出しますよ」 「いいって。しょっちゅう飯作ってもらってるし」 「えー、いいのにそんな」 本当に含みなく淡々と敬吾は袋の中身を取り出していた。 さっき言っていたタンはもちろんだが、ロースやらホルモンやらカルビやらと続々肉のパックが積まれていく。 「うおーー」 「あと酒」 「あっ俺下戸です、すみません」 「そーなのか、一口もいけないくち?」 「飲めないわけじゃないんですけど……酒癖悪いらしくて。自分は覚えてないんですけど」 「へー、たち悪いな」 「よく言われます。敬吾さん飲むんですね」 「まあ人並みには」 「へえ……」 酔った敬吾が見られるのか。 どんな顔をするのだろうーーと逸は少々浮かれた。 しかしはたと静止した。 (……抜いてねえ……………) 肉と一緒に、逸の理性も尽きていくのだった。

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