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おあずけ 4

若さの割にキスや愛撫が好きな逸にしては性急だと、敬吾はぼんやり考えていた。 脱がせるというよりはひん剥いて、そのくせ泣きそうな顔をしてこちらを見て、捕食のような乱暴さで触れるくせに大切そうに抱き寄せる。 そんな風に翻弄されているともう、敬吾本人でもよく分からない思考回路になるらしかった。 その混沌に慣れてしまっておかしな余裕すらある。 が。 「いぃっつ!」 大きく仰け反った敬吾に、逸は何を言うでもなかった。 「なっなんか言えよ先に!」 「すみません」 「………………っ」 予告なく急に挿し込まれて、しかもそれを平淡に形ばかり謝罪され、敬吾は冗談なしに自分の腕を噛んだ。 ーー声が出そうだ。 「痛い……………っ」 「すみません……」 「思ってないだろ!!」 「ごめんなさい」 「………!!」 「敬吾さん、力抜いて。息詰めないで、吐いて……」 「……っ無理、………っ!」 またも敬吾は後悔していた。 この男にほだされるのは危険なことなのだ、本当に。 膠着状態だったそこを無理にねじ込まれて、敬吾はまたも仰け反る。が、その僅かな距離すら許されずに腰を引き戻されて音を上げた。 「っ、無理、無理無理ごめん岩井悪かった!やっぱダメっ……」 「いやもう俺も無理ですよ」 相変わらず妙に冷めて聞こえる声が敬吾には怖い。 断られたのも衝撃だった。 この男はいつだって自分の欲求よりも敬吾を優先してきたのだ。 どれだけ切羽詰まっていても辛そうでも、あと少しでも、引いてくれと言ったら引いた。何度も、例外なく。 敬吾がその衝撃に呆然としている間も逸はそこを押し開こうとした。 「ぃ……………ッ無理だってばっ、何勝手なこと言ってんーー」 「敬吾さんが今日は良いって言ってくれたんでしょう」 「うっ」 でもでもだってを続けたがる敬吾を牽制して、それに、と逸は続けた。 「ここのことだったら俺の方が知ってんすよ。敬吾さん、自分で解れ具合とか確かめたことあるんですか?」 「ーーーーーーは?」 「ちゃんと柔らかくなってますよ、酒入ってるからですかね……痛いのは敬吾さんが力入れてるからです、力抜いて」 「は…………っ!?」 「お願い……俺もう、限界です」 甘えるように背中に伸し掛かられて、敬吾はぞくりと肌が粟立つのを感じた。 肩を唇で食まれる。 たまらないように僅かに繋がったそこを揺らされて、敬吾の眉根が泣き出しそうに歪んだ。 何度も囁かれる自分の名前が切なく聞こえて現実味がないほどだった。 「ーーーー!」 その甘やかな逃避が、内臓を押し上げられるような衝撃で取り払われた。 か弱い子犬のようだった逸の呼吸は、もはや獣だった。 「っあ……敬吾さん、」 「い……………ッ動くな!動かすなっ!」 「ごめ、なさ……ああ、やばい」 大方敬吾に押し込めたそれを、更に強欲に逸は飲み込ませようとしていた。 内部の熱さに慄くような気持ちで、敬吾がこわごわ口を開く。 「これ……っ全部?も、う入んない?……」 「…………………」 ぽかんと目と口を開けた後、逸はとろけそうに笑う。 そうして自分の骨盤を押し当てた。 敬吾が鋭く息を吸い込む。 「全部ですよ、ほら……大丈夫だったでしょ?」 「全っ然っ大丈夫じゃねえよ馬鹿………っ」 さすがに最初から気持ちいいとは思ってもらえないか。 澱が落ち着くように興奮を抑えられて、逸は優しく敬吾の背中に重なった。 「すみません。俺は……めちゃくちゃ気持ちいい」 「っーー」 また敬吾がビクリと揺れた。 それが、今度はきっと喜んで良い類のものだと逸は予感して嬉しげに笑う。 「……ここが、敬吾さんのいちばん奥」 「っ!?」 「俺のが届くとこがいちばん深いとこ……」 「うるせえよっ、何言ってんだお前っーー」 「すみません……喋ってないと即行出ちゃいそうで」 何が嬉しいのか笑いながら、歌うように逸は言った。 何故このタイミングでいつもの口調に戻るのか。 何が嬉しいのかなど当然敬吾も分かってはいるがーー恐ろしいほどの圧迫感と重さに、筋道だった思考などかなぐり捨てて久しかった。 「出てもいーよ別にっ………!」 「それは……そうなんですけど、もったいなくて」 また馬鹿なことをと敬吾は思ったが、逸があまりに純朴で照れたようにそう言うので、否定する気持ちも削がれてしまった。 しかし単純に体は辛くなってきている。 「……っも、しんどいんだって……」 「あ、そうか……すみません」 すっかり忠犬に戻った逸は素直にそう言った。 その焦ったような僅かな動きが響いて響いて、敬吾の背中が張り詰める。 「じゃあ、あの……少し動いてもいいですか」 「えっ!」 先ほどの残響がまだ尾を引いている敬吾である。 「ちょっとだけ……」 甘えるように、逸の髪が肩に擦り付けられた。 ーー敬吾は動物が好きである。 「っ………、あんま急にすんなよ……、」 「はい……」 その短い返事に既に獣の影が見て取れて、敬吾は眉根を寄せた。 逸が欲望をむき出しにすると、その落差もあってどうしようもなく肝が冷える。 その危惧の割には逸は比較的理性的に動いた。 「……このくらいは?」 「だい、じょぶ……」 「……………」 「っん……」 「!」 「っあー……やばい、凄い」 なにがだと、馬鹿かと罵倒したかったが逸があまりに馬鹿正直に応えそうで怖くて敬吾はまた唇を噛む。 そうでなくても、逸としてはかなり抑えているのであろうその反復が、耐え難いほど感情を掻き乱した。 単純な感触や衝撃は言わずもがな、その熱さ、破裂しそうな、けれど抑えられた逸の呼吸、そもそも自分が男に乗られているなどという事実、自分の体に快楽を見出されているらしいという信じがたいこれまた事実。 声も呼吸さえも飲み込んでどうにか耐えていられそうだと思ったところで。 咳き込むように逸が敬吾の名を呼んだ。 「っちょ……っと、ごめんなさい……、敬吾さん、少しだけ」 「へ……っ?」 「すみませ……やば、止まんね……」 「んんっーーー!」 突然激しく突き上げられ、敬吾は枕に強く押し付けられた。 耳が壊れそうなほどの、粘った水音と肌のあたる破裂音。 不思議と痛くはなかったが掻き乱される衝撃と羞恥心がひどく、敬吾は痛いと訴えた。そうすれば止めてくれるかもとーー徒労であろうことは分かっているのだがーーそれにしても自分はひどくこの男に甘えているーー。 ーー子供でもあるまいし。 またも逃避気味に考えてしまっていると、ひときわ強く骨盤を押し当てて逸が動くのをやめた。 ーーそのまま、それ以上に入るわけもないのに押し上げられる。 「う……っ!やめ、なんっーー」 「すみ、ませ…… ……出そう」 「っーー」 「中……に出して、いいですか」 「え、それ、は別に、え?」 本当に困惑してしまって敬吾は素直に答えた。 逸はコンドームを付けていたはずだしそもそもが男同士だしーーと絵本でも読むように純朴に考えていた。 と、また重たく押し上げられる。 「んんっ!」 「奥に…… 出したい、」 「や………っ岩井、痛……」 逸にはもう何も聞こえていないようだった。 疲弊しきったように頭を垂れて敬吾に腰を押し付けている。 「敬吾さん……」 「うる、うるさいっーー」 「敬吾さん……敬吾さん、もう、好きです……大好き」 「うるさいってばーーー」 「ん……」 逸がまた、敬吾の肩に頭を預ける。 急に押し黙られて、敬吾はその中で逸が震えるのを感じた。 そうして、詰められていた逸の呼吸が暴れる。 「っ…………、」 ひとり赤くなってしまった敬吾を、逸は淡々と表返してベッドに押し付けた。 そこに磔るように、手をつなぎ、体重をかけて、唇を貪る。 そうしているうち手首を一つにまとめられて乳首に触れられ、敬吾はただ驚きに身を捩った。 逸は意に介さず、我を忘れたようにそうしていた。 長いことそうしていてやっと唇が離れ、喘ぐように呼吸をする敬吾をよそに、逸は敬吾のそれを口に含んだ。 これには、敬吾もさすがに呼吸より驚きを優先する。 「おわっ!?なにっーー」 「ん……?」 「く、口かよ!いいってば!!」 「いいってなんふか……」 「え、遠慮です」 「俺がしたいんですけど」 「ええーーー、」 敬吾の困惑もやはりよそにして、逸はそのまま愛撫を続ける。 複雑な気持ちになるほど技巧的なやりようだった。 「っ、んーー、岩井、放せってもう……出るから……、」 「出して欲しいんれすよ」 「っは!?何言っ……」 わざと音をさせて口から出すと、逸はそこに唇で触れながら言う。 「俺がどんだけ耐えてきたか」 「うっ、えっ?」 「敬吾さんの負担になんないことなら今日は我慢なんかしませんよ。エロいこと全部させてもらいますから」 「ーーー!……っだって、あれか……」 「それです」 言うなりまた口に含むと、本当に遠慮なく逸はそこを攻め立てた。 何と言おうかもう、この短い間に把握され切ってしまっている。 「っ、ぁー……、岩井ほんと、だめだって……」 苦しげに呟くと、逸が目だけでちらりと敬吾を見上げた。 その視線。 反抗的というかーー挑戦的というかーーとにかく、見られている。 その目に晒されていることこそが一番羞恥塗れなのだと一瞬で敬吾は知った。 これもまたこの男が我慢しないと言ったうちの一つなのだ。 背中に走った震えは、半分ほど恐怖由来でもあった。 「っーーー……」 「………。ごちそうさまでしたー」 「言いやがった……………」

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