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まるくあたたかく 9
「ーーーーーーんん」
敬吾が小さく呻いて体を起こすと、目の前に逸がいた。
ベッドの足元に座っていたらしい。
「うぉおっ……」
「うおーって」
そのままがさがさと身を引いた敬吾に、逸が呆れたように苦笑する。
時計を確認すると、どうやら二時間ほど眠ったらしかった。
「体、どうですか?」
問われる前に敬吾はその答えにひとり驚いていた。
非常に軽い。寝覚めもこの上なく爽やかだった。
「いや、もー、すげー楽」
どう思われるものかと、口にするのは少々剣呑だったが逸は何も言わず安心したように笑って敬吾の頭を撫でた。
「お風呂たまってますよ。ご飯の前にどーぞ」
「え!マジで……やったー」
予想だにしなかった喜びように逸は声を立てて笑った。
「ほんと元気になりましたねー、ご飯どうします?鍋は鍋なんですけど。豚バラとキムチでいきましょうか、にんにく入れて」
「あー、いいなー」
「で、チーズ入れてリゾットしましょう」
「岩井」
「はい?」
「大好きだ。」
「ちょっちょっと待って敬吾さん……!もうちょっとちゃんとしたアレで言って欲しいいぃ…………!」
逸が床に崩れ落ちると敬吾が大きく舌打ちをした。
「なんだよ、人がせっかく」
「待って!敬吾さん待ってお風呂入る前にっそしたらチューしてくらさい!チュー!!」
「噛んでんじゃねえよもー」
呆れた半眼で逸を見やり、敬吾は逸の襟首をつかまえてわざと乱雑に唇をつける。
そして、逸が感慨に浸っている間にさっさと風呂を浴びに行ってしまった。
(可愛いんだか男らしいんだか……!!)
しばしそのまま固まった後、逸は土鍋に火を入れる。
これでもか、と真っ赤にしてやった。
「んん、うまい」
熱々の鍋を頬張りつつ、敬吾がしみじみ言う。逸は笑った。
「やっぱ冬は鍋すねー」
「しいたけうめー……」
「あっ!でしょ!このしいたけ美味しいでしょ!産直のやつなんですけどー、この人のしいたけだけやたら旨いんですよ!」
「もうファンレター書けお前」
「……そうっすね、袋に連絡先書いてあるしね」
しいたけにかける情熱をさらりといなされ、逸はしょぼんと肩を下げた。
それが妙に可愛らしくて敬吾は今度は笑った。
ビールがうまい。
「あー、ほんと旨いな。雑炊もいーけどうどんも食いたい気がしてきた」
「いいっすねーうどん。先にうどんやって後でご飯入れます?」
「よし、それだ」
「あはは」
早速冷凍庫からうどんを取り出し、解凍しながら逸が台所から身を乗り出した。
「あ、ところで敬吾さん」
「んー」
敬吾の意識は8割豆腐、逸は2割である。
「明日は覚悟しといてくださいね」
「ん?なにが」
豆腐の予想以上の熱さと逸の発言の不穏さに敬吾の眉間に皺が寄った。
「あっっつ……豆腐ヤバイ」
「明日はみっちり付き合って下さい」
「だからなにが?」
「今日でもいいですけど」
「はー?」
温まったうどんを鍋に入れながら逸はこともなげに言う。
「俺は正直生殺しです」
「え」
やや冷めた豆腐が、ほぼそのままの形で敬吾の喉を滑り落ちた。
そのせいなのか逸のせいなのか、敬吾は盛大に咳き込む。
それを意に介さず逸は続けた。
「くたくたの敬吾さんも可愛かったですけどー、ご奉仕するのも大好きなんですけどー、やっぱ俺も気持ちよくはなりたいのでね?」
「げっほ……っおい黙れ、何言って」
「敬吾さん、俺の指とか噛んじゃって超かわいいのに無茶できなくて俺消化不良もいいとこです」
「!!?なんだそれそんなことしてな」
「しましたー。子猫みたいに俺の指吸ってましたー。寝顔見ながら抜いてやろーと思ったのにまースヤッスヤ寝てるからそれもできなくてー」
「それはお前の勝手だろっ」
「だから明日はがっつり激しいのに付き合ってもらいますよーって話ですー。明後日休みでしょ?」
「やす、みだけどなにおまえ次の日まで気にしてん」
「寝かす気ないですもん」
間延びした口調から一転、ばっさりと言い切られて敬吾は口を開けたまま沈黙した。
キムチのせいと言わず酒のせいと言わず赤かった顔もさっと色が引く。
「…………え、えっと、待て……、落ち着け」
「落ち着いてますよー。だから今すぐじゃなくて明日っつってるんです」
「…………………」
うどんが焼き付かないよう鍋底を菜箸でさらいながら、逸は真っ直ぐに敬吾を見た。
「今日は敬吾さんもまだ疲れてますしね。ゆっくり寝て下さい」
「…………い、いやいやいやいや……………」
「敬吾さん」
静かに取皿を置いた敬吾の手を、テーブルの向かい側から逸が握る。
逸の手の中で面白いほどに敬吾が引きつった。
恐る恐る掬い上げるように見た逸の顔は、ごく朗らかに笑っている。
「俺は、敬吾さんのお世話するの大好きですよ。こうやって元気になってくれたり癒やされてたらすげー嬉しい」
「ーーう、うん……………」
「でも敬吾さんに元気にしてもらうのも大好きです、って言うか敬吾さん関係じゃないと俺元気にならないから」
「ーーーーーーー」
「よろしくお願いしまーす」
「………………っ!!!!!」
敏腕営業マンのように、心のこもったプレゼンと笑顔で逸は押し売りに成功した。
イエスともノーとも言わないが、敬吾はただ真っ赤になって意地のように下を向いている。
「つーかっ……………!!お前が元気とか言うとなんかさあ…………!!!」
「いやもう、いいですけどねそっちの意味でも」
まるくあたたかく おわり
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