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飛んで火に入る 4
「ちょっと触らして」
「え"ッ」
逸が30センチほど仰け反った。
驚愕の表情のまま固まっているのを敬吾は内心面白く思いながら観察している。
「だっ、だめです!!」
「…………………」
「……………あっ!!!違います違います敬吾さんに触られたら俺そっこーで出ッ」
「うーわかってえ」
「っちょ…………っ」
蛙の潰れたような声を出したきり、逸は固く歯を食いしばった。
そこから漏れる呼吸だけが強く激しくなって行き、表情も険しくなる。
敬吾としてはそう強く擦り上げているわけではない。
むしろごく軽く撫でているだけなのだが、たったそれだけの接触で逸がこうまでも辛そうに耐え、顔どころか首まで赤くなって、息を荒げている。
それがーー
(かわいーなおい…………)
ーーもっと違う顔もするのだろうか。
「っは……………」
するりと敬吾の手が離れてスウェットのウエストがぱふんと言うと、逸は心底安心したように詰まった息を吐きだす。
あと少しで風船のように破裂するところだったと本心思っていた。
一気に疲れを感じて敬吾の顔の横に頭を落とすと、敬吾が肩をぺしぺしと叩く。
「はい…………?」
「ちょっと起きろ、座って」
「へ……?」
敬吾に言われるまま壁にもたれると、既にずり落ちているスウェットを下着ごとがばりと下ろされた。
「おわー!?」
「なんでそんなびっくりしてんだよ、自分はばっさばっさ脱がせるくせに」
「びびびびっくりもしますよそりゃあ!!け、敬吾さんがっだってっ」
慌てふためく逸の肩を抑えつけ体重をかけながら、またも敬吾は逸のそれを握り込む。
逸が盛大に呻いた。
今度は容赦なく扱き上げると、見る間に雫が溢れ出す。
逸はもはや拷問にでも耐えているような心持ちだった。
額に拳を当てると、敬吾がこらと逸を諌める。
「顔隠すな」
「ええっ…!」
「真っ赤。」
敬吾が意地の悪い笑みを浮かべた。
逸は一人、恐怖におののく。
「めちゃくちゃ脈打ってんな」
「っ……」
「痙攣してるけど」
「じっ実況しないでくださ、あーヤバイってもうっ、」
逸は逃げ場を求めるように目を瞑ったが、逆効果だった。
次から次から溢れ出す先走りが敬吾の手で塗り伸ばされる音だけが響いて、そこだけに意識が集中してしまう。
逃げ惑うようにまた目を開くと、さも楽しそうに敬吾は笑っていた。
「きつそうだな」
「………………!」
「出していいんだぞ」
「……っいやこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい、です」
「はー!?よくお前そんなこと言えたもんだな!」
「うっ………すみません………」
返す言葉もない。
敬吾は少々本気で腹を立てたようで、攻めの手がまた強くされた。
逸が情けない呻きを上げ、耐えられずに敬吾の手を両手で掴む。
「………っすいませ、ほんと、ダメ」
「………………」
苦しげに眉根を寄せ、逸は懸命に呼吸をしている。
自分の肩に押し付けられた、泣き出しそうにも見えるその顔がやたらと嗜虐心をくすぐった。
もっと困らせてやりたいと思うがーー
ーー手は塞がれている。
「………………」
「…………?」
自信の先端に微かに触れた柔らかい感触に、逸は極限まで細めていた目を開いた。
そしてそのままそれ以上開かないところまでかっぴらいた。
ーー自分の股間の上に、敬吾の後頭部が。
「…………えっ?えっえっ!!?敬吾さ、うわだめだマジで出る、」
てらてらと濡れた逸の鈴口に、敬吾はごくわずか触れる程度に唇を落としてみた。
困らせたいといういたずら心は柄にもなくうきうきしてしまうほど大きいが、やはり初めても初めてである、少々怖気づいた。
が、逸の反応はそれを払拭して余りあった。
非常に楽しい。
唇で薄く食んで、恐る恐る舌先で触れてみる。
その途端にどろりとまた先走りがあふれた。
「ーーーっ敬吾さん……!出ちゃうから……!離してくださっ、いって!」
味や匂いは、緊張したほどには障りなかった。
ーー無論、仮に他の誰かのものだったならと考えるだにそれは絶対に御免こうむるがーー
それでもさすがにまだ口で受け止める勇気はない。
真上を覆うのはやめておいたがこのいたずらをやめる気は毛頭なく、敬吾は骨付き肉にでもかぶりつくように首を傾げて横から唇を当てた。
また逸がびくりと痙攣する。
さほど感度の良くないところだったか、逸は苦しげではあるが切羽詰まった様子はなく敬吾を見ていた。
快感の多寡はともかく、視界から来る興奮がとんでもないことになっている。目が回るようだった。
逸はもう半ば諦めたように目を閉じて呼吸だけをしていた。
敬吾はまたそれを楽しく観察している。
「いや……あのー、敬吾さん……」
「んー」
どこから繋がった「いや」なのかは不明だが、逸の口調は幾分落ち着いていた。
落ち着いたというか、諦めているというか。
敬吾が被験者でも眺める気持ちで平坦に答えると、逸は全く同じ表情、全く同じ声音で続けた。
「これ俺………いっ、ちゃっていいんですか?いいんですよね?」
「ひーよ」
「じゃああのティッシュ……………」
「それはらめ、っつーかお前が手ぇつかんでんらよ」
「あぁーーーもぉーーーその口調やめてくれませんかねぇーーーーー??」
「お前おもひろいな」
南京玉すだれでも披露しそうな逸の口上に笑いながらも敬吾はそれをやめない。
刻一刻と追い詰められていく逸の表情、呼吸、満喫するのが楽しくて仕方がなかった。
普段逸には傍若無人な振る舞いで翻弄されっぱなしだ。
毎度毎度余裕綽々で人の体を好き勝手して泡を食わせやがってと、敬吾は半ば仕返しのような気持ちでいる。
少しでも慌てさせられればと思っていたが、ここまで動転し、赤面するとは。
そんなことを考えながら敬吾が復讐に勤しんでいると、掴まれていた手首がふと軽くなった。
その直後、首を捻ってしまいそうなほど乱暴に顔を押しやられる。
半ば視界を覆っている逸の手の影からさっきまで向いていた方を横目に見ると、それは痛々しいほどに痙攣していた。
腹も激しく蠢いて、欠乏していた酸素を必死に取り込む。
逸の顔へと視線を振るとーーそれはそれは、生々しくも現実味がなく、濁った呼吸で喘いでいるのに表情は妙に耽美的で。
逸が疲れ果てたように頭を反らせると、筋骨が強調されて彫刻のようにも見えた。
(……見た目だけは良いんだよなあ)
険しい表情をしていると、特に。
その表情が更にきつくしかめられ、バスケットボールのように逆手に広く掴まれた敬吾の顔を見やる。
その一瞬で敬吾に隈取とはと考えさせるような顔だった。
だが、険しいのは造形だけで瞳は妙に頼りなく揺れる。
「何してんですかもー!」
「なんだよ、見たかったのに。」
「何に目覚めてんですかあなたはー!!」
子供のようにきゃんきゃん吠える逸の手をどかして座り直すと、敬吾はまじまじその喉元を見た。
接触も快感もかなり、ぬるかったはずだか。
「飛びすぎじゃね」
「そりゃ飛びますよ!!もうー!!」
相も変わらず吠えながらティッシュの箱に逸が手を伸ばすと、その手を敬吾が突然掴む。
訝しげに逸が振り返ると、敬吾はぼんやりと妙に思慮深い表情をしていた。
「それさ」
「はい?」
「舐めさせてっつったらお前どうする?」
「ーーーーーーー」
ばくりと顎を開いたくるみ割り人形のような滑稽な表情に敬吾は破裂でもしたように大笑いした。
ひとしきりそうしていてどうにかこうにか呼吸も整った頃には、疲れ果てた顔をした逸がとっくに喉元を拭き取っていた。
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