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飛んで火に入る 5
「敬吾さん……相当酔ってるでしょ……………」
「そりゃ酔ってるよ」
素面だったらあんなことができたかどうか。
これまで見たことがないほどげんなりと項垂れている逸を、敬吾は楽しげに眺めていた。
半ば呆れているようにも見えるが落ち込んでもいるようで、でもほんの少しにやけてもいるような。
その顔をにやにやと舐めるように見つめながら撫でてやって、やや挑発的に敬吾が言う。
「怒ったのか?」
「…………………」
逸はむっと唇を尖らすが、素直なことに頬が赤くなっている。
「怒ってはないです」
「怒って、はー、ないです?」
「びっくりしすぎててわけ分かりません」
本心なのだろうなと思い、全面降伏とさえも見えるその馬鹿正直さに敬吾はからからと笑った。
逸が冷静だったなら、それこそ一も二も無く襲われても仕方がないような賭けをしてしまったと思う。矛盾はしているが。
それにしても、この男をからかうのはこんなにも楽しいことなのか。
「おっ前………、かわいいなあ」
「はいぃ?」
「可愛い」
「はあ。」
「アホで」
「ああー」
相も変わらずげんなりとした顔のまま、逸は間延びして抑揚のない返事をするのみである。
やはり敬吾は笑った。
「さて、どうする?シャワー浴びる?」
久方ぶりに逸の表情が動いた。
少々眉根を寄せ、今度はこちらが子供にでもなったようにふいと照れたような顔を背ける。
「シャワーは違うんだ。なんだよ」
わしわしと敬吾に頭を撫でられながら、逸はまた少々唇を尖らせた。
「んんーーーー?」
心底楽しそうな敬吾の声が気に食わない。
気に食わないが嬉しい。
「…………です」
「なに?聞こえない」
「けーごさんとしたいです」
「はいよく出来ました」
またわっさわっさと撫でられて頭を揺らされながら逸はそれが止まるのを待った。だいぶ長いこと。
そしてそれが止まっても、敬吾は壁にもたれたまま口を開かない。
「……………したいんですけどっ!」
「どうすっかな」
けだるく姿勢を崩し、楽しげに目を細めて笑っている敬吾は妖艶だった。
やっとまともにそう感じ取れるようになっていた。
その逸の雰囲気の変化を敬吾も感じ取る。
上がっていた口角が僅かに下がり、思慮深いような表情に変わると、逸も更に落ち着いた。
ごくりと息と生唾とを飲み下して気合を入れる。
「……あと、もっかい口で……っ勃たせてほしい、です」
「ふッ」
思わずというように敬吾が噴き出して肩を揺らした。
「お前……!おねだりかよ!」
「そそそそうですよ!だってさっきあんまり分かんなかったんですもん!味わえなかったー!」
「うるせえよ分かった分かった」
まだくつくつと笑いながら敬吾は逸の肩を叩く。
そうしてまた楽しげに、掬い上げるように逸の瞳を覗き込んだ。
「その代わり今度は絶対出すとこ見せろ」
「ええっ」
「じゃないきゃしなーい。金輪際」
「えっえっだってそしたら、敬吾さんは、」
「どうせあと一回でも二回でも勃つだろうが。お前早いし」
「はははや早くないですっ!!さっきのはだってー!!」
「別にいーよどっちでも、邪魔だから全部脱げ」
「うぅ……もー……」
逸が半泣きでうなだれている間、半端に尻に引っかかっているだけのズボンと下着を敬吾がずるりと引き下ろす。
「んわー!!」
「お前ほんと……人のことはさんざ好き勝手するくせに自分がされたら取り乱すよな……」
敬吾は半ば呆れつつ、ズボンを引かれた勢いで倒れ込んだ逸の膝をさっさと開かせた。
その脚の間に座り込んで中心をすくい上げると、前時代の文豪のように嘆いていた逸がぴたりと静止する。
その本体とは対照的に、そちらは敬吾の手の中で見る間に形を変えた。
「っふ……勃つの早いな」
「っそりゃそうです、よ……敬吾さんが……」
「……………」
「……俺の触って、」
ひとり言のようなそれを遠くに聞きながら、敬吾は頂礼のように頭を下げる。
現が遠くなるようだった。
「っーーーーー」
思わず目を瞑ってしまってから数秒、ゆめゆめ見逃してはならないと逸は恐る恐る目を開く。
こんなにも動転してしまうとは、自分でも思っていなかった。
妄想ならば何度もした、それはもう何度も何度も。
ただ、思い返せばそれは敬吾のことしか考えていなかったのだ。
恥ずかしがるだろうか、嫌がるだろうか、どんな表情で、どんな息遣いでとーー
それこそ何十通りと思い描いたのに、そんなものはなんの緩衝材にもならないほど目の前の敬吾は鮮烈に艶めかしく、自分といえばこの様だ。
嬉しいわ、情けないわ戸惑うわ、それでも鼓動はお構いなしに加速するわで逸はまた思考を放棄しつつあった。
絵画でも眺める気持ちでただ敬吾を見ていると、自分の血管に沿っていたその唇がふと笑う。
「……今度はちょっと余裕だな」
言われて初めて自覚した。
確かに興奮はしているが、それは何というか、圧倒的な大自然でも目の当たりにした時の畏怖のような高揚のような、どこか澄んだ色を含んでいた。
「ーーあ、いや……すみません、もう、見惚れちゃって……」
「えぇ?」
「敬吾さん……めちゃくちゃ綺麗で」
「はぁ?」
「こんなことさせちゃっていいのかな?っていう」
「やっぱお前目ん玉いかれてんな」
やや体を起こして吐き出すようにそう言いながら、敬吾は相当に雑な手つきで完全に立ち上がっている逸のそれを擦り上げていた。
まさに片手間である。
それすら鈍く感じてしまうほど、やはり逸は敬吾にばかり集中していた。
「扱かれながら真顔ってシュールすぎるだろ、怖い」
「はっ………」
「お前どの辺弱いんだよ、今度は無反応すぎて分かんねーよ」
「えぇっと……敬吾さんにされてるってなったらもうどこだろうと一緒ですヤバイです」
はいはいとでも言いたげにため息をついて、敬吾がまた頭を沈める。
と、その根本にくちづけて一直線に、先端まで舐め上げた。
「ーーーー!!!」
足の先からつむじまで、目に見えそうなほど逸が全身粟立つ。
先ほどまでの緩やかな快感とは段違いだった。
そのまま鎌首の括れを執拗に舐められ、逸は両手で口をふさいだ。
やりようは当然ながら拙い。
逸の反応見たさに躍起になってはいるが、敬吾の原動力はそれだけだ。必要以上のいやらしさも技術もない。それが逸にはたまらなかった。
ついさっきまではある種清廉で整っていた鼓動が、一気に汚れて乱れていく。
あれほど、芸術品のように見えていた敬吾が、今度は肉々しく妖艶に見える。
「っやばい……敬吾さん……、俺今日、ひどいかも、」
敬吾がちらりと逸を見上げた。
ーー正気でいられるかどうか。
心底そう思った。
「敬吾さん……、ちょっと、これ舐めて……」
「……?」
逸の中指を差し出され、敬吾は素直にそれを含んだ。
少々判断力が危うくなってきている。
もう一本指を増やされても、かすかに苦しげにしただけで特に拒絶もしない。
とろりとそれが抜き取られた後はまた、逸のものに唇を戻した。
その敬吾の撓った腰椎に、逸の薬指がつと立つ。
腰回りとの曲線とズボンの僅かな隙間に濡れた中指が分け入って、その先の谷間をなぞった。
「っ…………、」
敬吾は微かに身を固くしたが、嫌がらない。
にやけてしまいながら逸はゆっくりと指先を飲み込ませた。
「んーーーーー、………」
切なく哭かれ、明らかに快感に顔を歪められて逸はまた大きく理性が崩れる思いがした。
空いた手で敬吾のバックルを外す。
一方でより深く指を埋めると敬吾は苦しげに細かな声を零した。
指が乾いてしまわないうちにと性急にもう一本後を追わせると、敬吾が首を仰け反らせる。
口元から糸が引いた。
逸はもはや何も考えられない。
「や……っ逸、っちょっ、痛……」
「ごめんなさい……」
逸への奉仕も忘れ、敬吾はしばしそのまま肩を竦めて耐えていた。
その間顔の近くでぎゅっと握り込まれたままで、逸としては実は少々辛かった。
その敬吾がほっと吐息を逃し、逸の指も余裕を持って動かせるようになる。
ぞくぞくと快感が寄せてきて、敬吾の表情が弛緩する。
その顔がまた逸を急き立てた。
「……敬吾さん……、」
「ん……」
「……ちょっと、咥えて欲しい、です」
「んっ?」
若干正気に戻ったようで敬吾は躊躇った。
「ーーっもう、入れたくて」
きつく眉根を寄せた逸の顔と手の中で脈打っているそれとを交互に見、敬吾は口の端を湿りをくれる。
「……先っぽだけ」
その険しい顔で無理に笑い、逸がおどけて言う。
敬吾も溶けてしまいそうな顔をなんとか笑わせた。
「……アゴやばそう」
冗談めかしてそう言うと、意を決して敬吾はかぷりとそれを口に含んだ。
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