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飛んで火に入る 6
「……敬吾さん、舌引っ込めると……苦しくなりますよ、」
自分の声が、心臓の音に掻き消されて聞こえない。
必死な様子の敬吾には聞こえていたらしく、素直に伸びた舌が裏筋を撫でる。
「っ……………」
そうしてもう少し深く、半ばほどまで口に含んだ敬吾の後頭部をそっと抑えた。
ーーそのまま押し込むと敬吾の顔が苦しげに歪む。
狭くなってくる咥内に更に捩じ込み、喉を抉じ開けるような感触ーー。
そのまま、直接喉の奥へと思い切り吐精した。
ーーところまで夢想して、逸は静かに腰を引く。
さほど積極的な愛撫はなかったが、敬吾の口に含まれて舐められ、その顔が時折快感に歪むのを見ていると。
限界は近かった。
鉋掛けをしてしまいそうで怖くて敬吾が口を開くと、顎関節がぱきりと言い、最後まで出し切られると同時に口を閉じる。
「やっぱ顎ぉ……」
「す、すみません」
「もう出んの?」
「いや、ここから出したらちょっと落ち着きました」
逸が照れたように笑いながら敬吾の口を拭う。
「やっぱりまだ入れちゃダメ」
「あたりまえだ」
言うなり敬吾は逸のそれをぺちんと叩いた。
可笑しいやら恥ずかしいやらで半笑いの顔を真っ赤にした逸本体をよそに、少ないリアクションからどうやら弱そうだと狙い定めた辺りを中心に撫で、舐める。
一転表情を苦しげにしかめた逸は、今度こそはローションを取り出して淀みなく敬吾の中に指を進めた。
自然突き出されてしまっている敬吾の尻が腰が微かにでも揺れると、それはもうよく強調されてしまう。
苦しげで甘い表情もうねる肩甲骨も背骨も一望、目に毒なほどだ。
程よい快感と敬吾の痴態、指の感触。
逸としてはもう至福の時で頭のてっぺんまで浸りきっていたのだが、しばらくすると敬吾が若干疲れたように眉根を寄せた。
「なあ」
「はい?」
「俺やっぱ下手?」
「えっ!!!!?」
「頼むからイッてくれ」
「えぇ……………」
またも片手間に擦りながら、敬吾は困ったように唇を平べったく突き出していた。
「どうしたらいーのコレ」
「いやもうそれが良いんじゃないですか」
「は?」
「敬吾さんがたどたどしくこう……俺のいいとこ探すなんてもう」
「いやだからお手上げだっつってんだ」
相変わらず往復させながらも敬吾は逸の膝をぱんと叩いた。
何と言おうか、惜しい。
こんなにも男らしく義務然として尋ねるあたりまさに敬吾らしく、逸としてもそんなところが好きなのだが。
どうだろう、これがもし、「どこが好きか教えて」と、真っ赤な顔で、潤んだ瞳で、困ったように聞かれたらーー
ーーそれだけでもう出てしまいそうだ、一番の早道のような気もする。
「おい!」
「はいっ!!?」
「なに魂飛ばしてんだ、どーこーだって聞ーいーてーんーのー」
「いや全部気持ちいいですよ、敬吾さんがさわっ」
「話がループしてる!」
またも膝をぱんとやり、江戸っ子よろしく敬吾が空気を締める。
逸はびくついて改めて考えた。
「………じゃあ」
「うん」
「亀頭とかここ、舐めながらこっち扱い……」
敬吾の顔のそばで軽く指差しながら、少々びくついて言う。
が。
(これ……………)
敬吾はごく素直にそれを聞いていた。
(なんも知らない敬吾さんに俺用のフェラ仕込んでるってことなん)
「ぐっ……」
「えっ何!?」
突如胸を抑えた逸に、敬吾は当然驚き焦った。
これはもしや腹上死のような何かが起きようとしているのか。
「……………ッいやなんでもないですッ…………!」
「いやこえーよ!」
「ダイジョブです、鼻血出そうなだけなんで……………」
「鼻血ぃ?なんで」
「いやほんとなんでもなっ、……じゃあ敬吾さんもうお願いします」
「なにその張り切ってどーぞ的な」
「ほんとお願いしますもう出そうです」
「なんで!!?」
「いや……こう……迫るものがあって……」
「はあ?って言うか………別にもう出るんならそれでいーんだよ俺」
「えぇ!!!?」
「はいはりきってどーぞ」
「えっえっわっ、えーっ!」
そのままがしがしと火起こしよろしく擦り上げられて、逸は真っ赤になる。
一方敬吾は楽しげに、かつ悪どく笑っていた。
「っ……………」
腹の底から熱が這い上がってくる。
逸はぺたりと口を覆った。
「ーーんっ!」
小さく響いたのは、敬吾の声だった。
詰めた息を大きく吐き出し、逸は激しく呼吸だけをしている。
茫然自失気味の敬吾の頬から鎖骨にかけては、白い液体。
やっと目を開いた逸は、それがどうか目のぼやけや潤みのせいであってくれと願った。
が、無論そうは行かない。
「っわー!ごっごめんなさい敬吾さんごめんなさいっ、」
「なんでさっきより飛ぶんだ………」
「う、うすくなったから?ですかね、えへっ」
「もぉーー……… っん、」
「えっ?」
「くちはいったー………」
「にゃー!!!すみませんっほんとごめんなさい!!!」
「いやそんな謝んなくてもいいけど……」
「喋んないで喋んないで敬吾さん、えっ?」
「別に怒ってはない」
「……そうなんですか?」
しばし、ふたりはぽかんと見合った。
「や、でも拭いてくれよそこは」
「ですよね!!!」
「そんなゴシゴシしなくてもいいけど……」
「……でも、」
「いやほんと別にすげー嫌だとかはないって」
ぽんぽんと頭を叩かれ、逸は泣きたいような気持ちになった。
こんな時、敬吾は優しい。
優しくて、愛しくてどうしたら良いか分からなくなる。
調子に乗ってしまいそうだ。
「……っじゃああの、もしかして口にーー」
「いやそれは普通に不味いので即答しかねる」
「あ、ですよね、はい」
ウェットティッシュも動員して拭ききると、逸は敬吾に深くくちづけた。
突然抱き寄せられて敬吾は少々面食らっている。
「ん、……」
「敬吾さん、好き……」
唇の合間に逸が呟いた。
「すきです、もう……抱きたい……」
「ーーーーー、」
逸の呼吸はもう狂おしいほどに激しくなっていた。
それが妙に愛しくて、敬吾は赤くなった顔を隠すようにうつむく。
「敬吾さん、入れていい?……もう、したい……」
「ん……………」
敬吾が小さく頷くと、逸は完全に獣になった。
一瞬で組み伏せられたベッドに、どこまでも沈んでいくようだと敬吾は思っていた。
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