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主得た犬 4

「ただいまですーーー」 「おう」 ただいま、とは言うもののここは敬吾の部屋である。 敬吾も敬吾でごく当然のようにそれを受けた。 「コーヒー飲むか」 「あっはい!頂きます」 ちょうど沸かしたばかりのお湯を、二杯分あるだろうかとたぷつかせながら敬吾はマグカップをもう一つ出した。 それを見て幸せそうに逸が笑う。 「あーこら、危ねえっ」 「敬吾さんあったかいー」 「俺は寒いよ!冷たい空気持ってくんなっ」 外の空気をまとったままの逸に後ろから抱き込まれ、お湯をこぼしそうだわ寒気が走るわで敬吾は眉根を寄せた。 「おら飲めっ」 「頂きます」 逸用には、ミルクと砂糖が入っている。 それがまた嬉しくて逸は笑った。 敬吾はいつも通りブラックを熱そうに啜っている。 「なんだよ、機嫌よさそうだな」 「いえ、なんでもないんですけど」 「ふーん」 言いながら敬吾はリビングへと入っていった。 逸もマフラーを取りながらそれに続き、コーヒーを置く。 「さっきの子さ」 「ああ、コタですか?」 「後輩つったっけ?」 「いえ、同級生ですよ」 「うそっ」 「あはは!あいつ中学で成長止まったらしーんですよ」 「ええー、男でそれは珍しいな……」 「ですよね。中学ん時は俺もそんなに身長変わんなくて。その後グイグイ伸びたんでまぁ恨まれました」 「可愛いけどな。豆柴みたいで」 やはりそう思っていたか。 楽しげに笑いながら、上着を脱いだ逸が敬吾の隣に座る。 ソファは二人掛けには狭く、また冬の空気が香った。 「しかも名前桃井虎太郎ですからねー、どっち取っても犬っぽいすよね」 「あー……それはちょっと可哀想かもなあ……」 苦笑いしている敬吾の横顔を、逸が指の背でつと撫でた。 「! つめたっ」 「ああ、そっか……ごめんなさい」 言ってからマグカップで暖を取るが、どうも間に合っていないようだった。 逸の手が温まるよりも、コーヒーが冷めるほうが早い。 「……敬吾さん」 「んー」 「ちょっと甘えてもいいですか?」 「は?」 「ぎゅーさせてください」 「?いいけど……」 怪訝そうな敬吾の許可を取るなり、逸は敬吾を抱き寄せてその肩に頭を預けた。 耳の奥には、「大分タイプ違うよね」と虎太郎の声が過る。 確かに今まで、恋人に対してこんな気持ちになったことはないーー 逸がのんびりと目を閉じていると、敬吾が擽るようにその頭を撫でた。 堪えきれず、逸は笑う。嬉しかった。 「………コタが言うにはね」 「ん……?」 「俺が随分変わったって」 「?そうなのか」 「たぶん……」 それきり逸が口を閉じたので、敬吾も別段話さなかった。 自分を抱きしめている腕と胸は温かいが、髪や頬はまだ冷たい。 その乾いた冬の気配が、不思議と気持ちを落ち着かせる。 ーーが、ゆっくりと瞬きをしていた敬吾の目がびくりと見開かれた。 「!!? つっ、つめたっ……」 「あはは、敬吾さん鳥肌すごい」 「当たり前だすげー冷たいっ!やめろっつーの」 逸の手が敬吾のトレーナーを捲り上げ、冷えた手の平が脇腹を這っていた。 それが徐々に上っていく。 「っん、……やめろ馬鹿、」 冷たいままの指先で胸の先端を擦られ、敬吾が身を縮めた。 「すごい勃ってる、そんな冷たいですか?」 「冷たいってば、痛い……!」 「うわ、敬吾さん一気に温かくなったーー」 「いーーっ!つーめーたーいってば!!」 両手で肋の辺りをひたりと覆われ、そこから冷気が一気に滲みてくる。 肋と言わず背中と言わず、全身がぞわぞわと怖気立った。 そこから逸が手を離し、きちんと服を下ろしてやると心底ほっとしたように敬吾が息をつく。 そして敬吾の手を拾った逸の手は、もう大分温かくなっていた。 「敬吾さんにあっためてもらうって良いなあ……」 「ぁー……?」 逸が敬吾の指の背にくちづけるとその唇も冷たく、敬吾はまた身じろぎする。 その敬吾の縮まった首すじを捕まえて顔を寄せ、唇を合わせた。 僅かに開いたその隙間から熱を奪うように深く口付けると、それが離れる頃には敬吾の顔は不満げだが赤くなっていた。 「……………コーヒーを飲めよ寒いんならっ」 「敬吾さんがいいです」 「ーーーー」 「ふふ、あったかいー」 ソファの上に、敬吾をゆっくりと横たえる。 その胸に顔を乗せると、敬吾の体温に溶け合うように逸の体も大分温まっていった。 普段は逸の方が体温が高いから、不思議な感覚だ。そう思いながら敬吾は逸の顔を見下ろしている。 ーー今喉元に当たった鼻は、まだいくらか冷たいか。 本人としてはやはりまだ手が冷えるのか、ソファと腰の間に逸が手を差し込む。 ほっと吐き出された吐息が敬吾の襟元から鎖骨を撫でると、そのくすぐったさに僅かに肩が揺れた。 逸が笑いながら芋虫よろしく敬吾の上をずり上がると、悪戯でもするように唇を食む。 少々呆れたようではあるが敬吾が受け入れているので、逸はしばらくの間そうしていたーー。

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