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行く末
「敬吾さんと逸くん、何かありました…………?」
「えっ」
ぽそりと幸に問いかけられ、敬吾が驚いて振り向く。
幸も敬吾の方を振り向くと、小さな悪戯を気に病んで告白する子供のような顔をしていた。
「え、なんで……っていうか前もあったなこんなこと」
「今回は割りと深刻に伺っております…………」
そう言って幸は雑巾を持った体ごと振り向いた。
敬吾としては気取られないよう注意していたつもりだが、どうやら異状なしではごまかせない雰囲気である。
「あーー……ごめん、やり辛かった?」
「いえいえ、そういうことじゃなくて。こないだあたしと店長が押し掛けたからかなあって」
「え!いやいや、違うから」
「気を使わないでください〜〜、店長はあんなだから何も気づいてないんですけど、後から考えたらあれすんごい迷惑でしたよねーー、ほんとごめんなさい〜〜〜!」
「違う違うさっちゃんほんと気にしないで!」
幸は変わらず失態の記憶に悶えているが、敬吾はぐっと息を飲んだ。
「気にしないで」はまずかった。
幸はこの通り勘が鋭いのだから。
「だってもうあたし見てらんないですよーーー!」
ぱくりと上げられた幸の目はやや涙ぐんでいて、敬吾はまたぐっと圧されてしまった。
「何があったかわかんないですけどー、あたしが代わりに謝るから許してあげてくださいよぉー!」
「え…………待って待ってさっちゃん、そこまで?そんな心配するほど?」
先ほどまでとはまた違う意味で平静を欠き、敬吾は少々焦って幸に問うてみる。
幸はまるで時代劇にでも出てくるような苦労人の母さながら肩を縮めていた。
それほどまでに思いつめさせるような有様だったのだろうか?
敬吾はあれからのことを思い返してみる。
あの日から、確か二週間ほどか。
積極的に訪ね合うことは全くないし電話やメールの類も一切していない。
幸運なことにバイトのシフトもそれほど被っておらず、そうでない時は挨拶程度はした。
敬吾は少し前帰省していた時の仕事がまだ片付いていないので実際問題忙しく、またそれらが逸が手伝えるような性質のものでもないので店での雑談のようなものもしていない。
ーーが、店だけのことを考えればそれはさほど特殊な状況でもないはずなのだが。
「そ……そんな変だった?」
幸が大きく頷く。
「敬吾さん、最近逸くんの顔見てますか?」
「………………。……………見てないかも」
素直にそう言うと眉根の下がった幸がまっすぐ敬吾を見る。
「凄い元気無いですよ。敬吾さんもその通り逸くんのこと見ないし」
「………………」
「別れちゃうんですか………?」
「………………え?」
また泣きそうになって幸が俯く。
敬吾はぽかんと滑稽に、泣きかけている人間を見るにはふさわしくない表情で幸を見た。
「………………ん?さっちゃん待って待って、わかれるってなに」
「別れないですよね!!!?」
「そうじゃない」
「えっーーーーーー」
「そうでもなくて」
「えぇ………?」
「つきあっ……てるの?…………俺と岩井?」
「……………はい、え?違うんですか?」
「……………いや、……え、」
「えっ、もしかして隠してるつもりでした?」
「つもりでしたけど」
「ばれっばれですよ」
「………………」
「それはともかく」
敬吾の衝撃は無視したまま幸がその手を強く握った。
敬吾はもはやどうにでもなれと思って半目である。
「お願いだから別れないでくださいー!いやあたしが言うのも変な話なんですけどー!!ほんとにお似合いだと思ってたんですよあたしはぁー!!!」
「わっ……分かった分かった、そっちもそっちで全然思ってないから」
「本当ですか!!!!」
「うん、別にそこまでは……むしろ今言われで初めて思い当たったレベル」
幸の眉根がやっと開く。
「ふわあ……良かった……ほんっともうあたしのせいで別れるとかなったらもしかして逸くん死ぬんじゃないかと」
「いやほんと考えてなかったよ全然。まあ好きなだけ苦しんでおけとは思ってたけど」
「………………」
敬吾さん、それたぶん、やりすぎ。
気の毒そうな視線を送りつつ、幸が言った。
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