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行く末 8

「よっしゃ………」 「えっ、いいよ眠いんなら」 嬉しげに、しかし重たげに体を起こした逸を敬吾は慌てて止めた。 が、逸はとっくにその気である。 少々眠いが、敬吾が求めてくれるのなら。 「何言ってんですか……せっかく敬吾さんがしたいって言ってくれてるのに」 「んぅ……」 何か言いかけた敬吾の唇を塞ぐと、半端になった体勢を支えきれずにぐっと敬吾に体重が掛かる。 少し呻いて逸の顔を押しやると、困ったように敬吾が口を開いた。 「やっぱいーよ、本気で眠いだろお前」 「んー、や、でもムラムラはしてますよ。してますよっつーか、しましたよっつーか」 ただ体が重いのだ。 「うんもう口調が眠ぃもん。寝ろって」 「えー、ああ、じゃあ……敬吾さん乗ってくれたらいいんですよ」 「………………え」 「騎乗位」 「お前それ好きだな……」 てへ、と逸が笑う。 「なんだかんだでしたことないですし」 「いや……」 「恥ずかしかったら真っ暗でもいいですよ」 ある程度満足してしまっている逸は寛容だ。 その提案に敬吾はぐっと息を飲む。 「……ちょっとカーテン閉めてみましょうか」 敬吾の頭をぽんぽんと撫で気怠げにベッドを降りると、逸がカーテンを引く。 街頭の灯りが遮断されただけで一気に視界は悪くなった。 鳥目の気のある逸がよろよろとベッドまで戻ってきて、それがまた敬吾の秤を狂わせる。この男、本当にあまり見えていない。 「お前ほんとに鳥目なんだな」 「そうなんですよ、敬吾さんは少しは見えてます?」 「今は無理だけど、すぐ慣れる」 「あー、その慣れるってのもいまいち……」 「へえ、大変だな……う、」 敬吾の髪を撫でようとした逸の手が、目のすぐ下をかすめた。 「わっ、ごめんなさい」 「くすぐってえ……」 敬吾の全貌を掴むべく逸の両手が顔中を撫でる。 そのまま首を包み、肩、胸、腰へと下りていく。 「…………っ、」 「なんか……見えないのに触ってるって変な感じ……」 詩でも詠むように、しっとりと落ち着いた口調で逸が呟いた。 何か、偶像にでも触れているような少々背徳じみた気持ちになる。 また手探りに敬吾の肌を辿り、手を取って自分の方へ誘うと更にその気持ちは強くなった。 が、それはもうよく乾いた木っ端のように欲望の火種になってしまう。 自らのそれを敬吾と自分の手とに包まれると、塵芥と消えてしまった。 「………はは、すぐ勃つなー……」 「……。ゼラチンだったのにな」 「定着させないで下さいよ……つーか俺そんな意味で言ったんじゃなっ!!!」 「ぶふっ」 不意打ちに鈴口を擦られて逸が猫のように背を反らし、やや目が慣れてきた敬吾は大層楽しげにその影を眺めた。 敬吾が一頻り笑い終えた後も、逸は文字通りの闇討ちに半ば怯えてしまっている。 「ちょ……ちょっと怖いっすねこれ…………」 照れくさそうな口調が、妙に幼くあどけなくて敬吾は胸の底が疼くのを感じた。 急に唇が合わせられ、逸が小さく呻く。 視界は闇なので分からないがーーどうやら敬吾が笑ったような気配がした。 「………敬吾さん?」 「…………怖いの?」 「や、あの……」 敬吾の声が、知らない色を帯びている。 諭しているような、穏やかで清廉な声音だがーー ーー逸の耳にはただただ淫らに聞こえた。 「ーーーーんん?」 「……………ドキドキ、します」 「そう」 また敬吾が笑う気配がする。 平温に戻り始めている敬吾の手が逸の肩を押した。 促されるまま、波にでも揺られているような気持ちで逸は枕に背をつける。 しっとりと胸に腹に触れるのは、敬吾の肌かーー 驕った生地の寝具に埋もれるような、贅沢な気分になる。 上質な織物になら誰もがそうするように、逸は自分に被さるそれを丹念に撫でた。 「ーーん、はは……」 逸よりは目が慣れたとはいえ敬吾も黒の濃淡程度しか認識できない。 唇を捉えそこねて敬吾がおかしそうに笑うと、逸がそれを追って啄んだ。 そうしながらも敬吾の体を強く抱き寄せ、見えない分を補うように肌を貼り合わせる。 「っん…………」 逸のそれが敬吾の脚の間を潜り、ひたりと谷間に収まる。 逸が手を添えて強く押し付けると、敬吾が切なげに体を撓らせた。 ぞくぞくと走る予感のような微かな快感に、逸の上を這うように更に体を捩る。 「や、ぁ……」 「敬吾さん………」 少しずつ零れ始める声の色合いに、逸は急かさずそのまま落ち着いた愛撫だけを繰り返した。 それに呼応する反応がまだ、焦れているものではなく浸り切っているように思えたから。 本心から余裕を持って敬吾に囁く。 「敬吾さん、我慢できなくなったら入れてくださいね……」 「んっ、」 その声にすら敬吾の肩が揺れる。 ふっと熱くなった吐息が喉元に触れ、逸の口の端がぐっと上がった。 「エッチな耳ですねえ」 「馬鹿っ……」 敬吾が逸の肩に顔を埋める。 敬吾の顔のどの部分なのかは分からないがあちこち口づけながら強く腰を抱くと、未だ挟み込まれたままのそれに擦り寄せられた。 淫靡な湿った音がする。 相も変わらず髪に耳にと口づけながら体中を撫で、擦り合ってしばし。 敬吾が、逸の肩に手を突いてぐっと体を起こした。

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