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行く末 9

「…………ぅ、っ…………ん!」 文字通りの手元不如意で、一度失敗した。 僅かに喰い込ませたそこを弾くようになってしまい、甘く研がれたような声が溢れる。 (そういうのも好きなのか……) 耳寄りな話を聞いたとばかりに逸がにやけ、敬吾の腰を掴んだ。 「敬吾さん、一回立膝して?」 「ん………」 「そう、上手……」 「んー……!」 滑らかに飲み込まれるにつれ、敬吾の声がきりきりと細くなっていく。 ついにそれが絶えた時、腰が降下をやめる。 「……………敬吾さん?」 窘めるような逸の声に敬吾が首を振った。 「……っ無理…………、」 「ゆっくり……、体重かけて大丈夫ですよ。手ついて」 「ど、どこに」 「腹でも胸でも」 「それは怖い………っ折れるだろ骨、」 「折れませんって!」 おかしそうに笑う逸に手を取られ、ひたりと腹の上に当ててみる。 気を使いながらも重心を乗せてみるがびくりともしない。それを徐々に真上に移動しても力強く押し返してくるばかりでーーー 敬吾は一時、焦燥も不安も忘れて目を剥いた。 「……え?マジで?」 「ん?」 「大丈夫なのかコレ」 「大丈夫ですよ?え、これ体重かかりきってます?」 「や、まだだけど……」 恐る恐る肩の上に完全に体重を預け切るが、きょとんとしたような逸の声音は変わらなかった。 「あははっ、全然軽いですから。勢い付けても大丈夫ですよー」 「っ……………」 安心したような、なんとなし情けない気分になりながら敬吾がかくりと肩を落とすと、逸がまた敬吾の骨盤を掴む。 「……敬吾さん、そろそろ全部入れてほしいな」 「……ぅ、んん……」 押し込めたりはしないが逃げることは絶対に許してくれない様子の逸の手に、敬吾が目元を細く顰ませる。 出来る限りの微々たる速度で腰を下ろしていくが、やはりいつもよりも圧迫感がひどい。 「ーーま、まだ……」 「……ほとんど入ってますけど、もうちょっと。敬吾さんここ力入っちゃってるからーー」 「んっ、あ……っ」 「ちゃんとぺたんって座って?」 内腿を撫でられ、敬吾が背中を反らせる。 「や、も……無理、」 「もう少し……」 「んっ、なんで、いつもよりでかい……ッんん!」 「っごめんなさい、今のは敬吾さんがっ……」 圧縮空気のような呼吸を吐き出して、逸がなんとかそれを落ち着かせながら敬吾の尻を撫でた。 そこも力が入りきっていて張り詰めている。 「ぃ、今はちょっとあれですけど、同じでしたよ!つーか、いつもよりって……!もう!」 「やっ……!ぁ、ダメだって……!」 堪えきれなくなった逸が腰を押し上げ、反射的に逃げようとした敬吾の腰を引きずり下ろした。 無理に突き上げられて、敬吾が泣き出しそうに顔を歪める。 「あっ、ぁー……、ばか、痛いっ、」 「痛いんじゃないでしょ……キュンキュンしてるから。中めっちゃ良がって……」 「うるさいって!」 「敬吾さんあのね、俺顔とか見えないから、全然説得力ないです。声もここもすげー気持ち良さそう…………」 「っ……!!」 敬吾はきっと、いつも通り機嫌悪そうに眉間に皺を立てているのだろう。 が、見えない。 逸が感じるのは、いつもはその表情にないまぜにされてしまう声の甘さや、吸い付いて求めてくるような感触だ。 総身でねだられているような、掻き立てられるような敬吾の欲情だけ。 見えないことが、こんなに良いものだったとはーー。 「敬吾さん……足力抜いて?もっとちゃんと入りますから」 「んっーー撫で、撫でるなってーー」 「じゃあこっち」 「んゃっーー!」 「ちゃんと入れてくれるまでやめません」 楽しげにそう言われて、敬吾は泣きたい気持ちでしばし考え込んでいた。 考え込んだがーーこうもあちこちに気を散らされると、何もまともに考えられない。 ただただ理性が散っていく。 「ん………っ」 「ん、そう……良い子だなー敬吾さん……」 両手で頬に頭にと撫でられて、ここしばらく遠のいていた安堵感に敬吾はほっと息を逃がす。 その手の平に擦り寄りながら徐々に膝から力を抜くと、じわじわと広く逸の上に座り込んで行くのが分かる。 そして、より深くまで刺さっていくのも。 「っ………………、」 「あー……、きつい」 「言うなってっ、」 「ここも上手に力抜けたら、もっと深くなりますよ」 「もっと……?」 「うん、もっと」 「………………」 尾骨を指先で擽られてぴくりと震えながら、敬吾はぼんやりと逸の言葉を反芻していた。 自分の中の奥深くにまで食い込んでいるこの存在感が、更に増すーー それはきっとほんの少しだろう、今ですら、これまで感じたことのないところに逸がいる。 だが、そのほんの少しが。 「……ふ……、ちょっと、こわい」 「うん……」 敬吾が素直に呟くと逸がまた敬吾の顔を撫でた。 自分の脇腹に縋るようにぴったりと押し当てられている内腿が僅かに震えていて、言われずともそれは伝わってきていた。 助けてやりたくもあるのだが可愛らしくて、つい堪能してしまっている。 「じゃあ……動いてみましょうか、ゆっくり」 そう言うと、繋がっているそこがきゅうと締め付けられた。 逸がまた、口調とは裏腹な悪どい笑みを漏らす。 敬吾は勝手に駆け出す呼吸に戸惑っていた。 いつものように逸の好きに激しく揺るがされるわけでもない、キスをされるわけでもない、弱いところを重点的に触られるわけでもない。 されていることと言えば逸の手の届く範囲で撫でられているだけなのにーー (なんで………) 腰の奥からゾクゾクと熱が這い出すようで、催眠術にでもかかったように勝手に腰が揺れる。 「ん………っ!」 「ぁー……」 敬吾の肌が這う感触に、逸が重く吐息を漏らす。 「ったまんね……敬吾さん、エロい……」 「っあ、ん………っ」 表情が見えないと不安になるほど、敬吾の声は泣いているように震えていた。 ただ、掻き乱されながらもそこはねっとりと締め付ける。 これまで感じたことのないほどの陶酔が肌から浸透してくるようで、逸も腰を突き上げた。 「や………っあ!、あ……っ」 「敬吾さん……、すげ、いい……」 「……………っ!」 「もっと、体重かけても、大丈夫ですよ……」 返事はなかったが、その通りに敬吾は更に体を預けて強く体を波打たせる。 「ん………っんっ、逸…………っ」 「っあ…やばい、敬吾さん……っ、」 「…………っ、は……っ」 ベッドの軋む音と、淫らな水音、呼吸音。 耳からの情報と快感にだけ逸が神経を澄ましていると、敬吾の呼吸が僅かにぐずついている気がした。 「……?敬吾さん?」 「……………っ」 「ーー敬吾さん、あの……」 「っなんだよ……!」 声もやはり涙声になってしまっている。 逸は慌てて敬吾の顔の場所を探した。 スムーズに頬と髪の間あたりに触れられたはずだが、背けられてしまう。 「敬吾さん……、どうかしました?もしかして泣いてます?」 「違うって、なんでもないっ……」 「や、でも」 「大丈夫だってばーー」 「電気……」 「だっダメ!」 逸が枕元のライトに手を伸ばすと、敬吾がそれを掴んで止めた。 その手の平が、濡れている。 「!やっぱ泣いてるじゃないですか、どうーー」 「ほんとになんでもないってば!もーやだ……」 「やだって……」 「大丈夫だからほんとに、痛いとかじゃない」 「………………」 嘘をつかれている印象は受けないが、しかし心配ではある。 逸はまた敬吾の顔を撫でた。 敬吾はおとなしく撫でられているがその目元はやはり濡れている。 こんな時くらい全てを共有したいと逸は思うのだがーー。 「……敬吾さん」 「ん……」 「……じゃあキスさせてください」 「…………ん」 逸に顔を包まれたまま、敬吾がゆっくりと体を倒す。 いくつか唇を啄んで深く重ね合わせると、敬吾の内部が切なく吸い付いてくる。呼吸もまた苦しげな嗚咽混じりになり始めた。 逸が尻を撫で腰を撫で胸を擽ると、それは悪化する。 果てにはキスを嫌がり始めた。 「敬吾さん……?」 「ーーーーっ」 「…………もしかして」 「ーーーーーー」 「……感じすぎてる?」 やはり返事はなかったが。 面白いほどに、ぎくりと肩が揺れていた。 「………………」 「マジか…………」 「ーーーーだって、だって……」 「はい」 「久しぶり、だし、ふ、深くて……」 「敬吾さん!!」 「!!?」 「そ、それ以上言わないで俺出ちゃう……」 「!!!!? えっ?えっ、」 戸惑っているらしい雰囲気に呆れてしまいながら、愛しくて仕方がない様子で逸は敬吾の顔中にキスを施した。 「もう可愛い、ほんっと可愛い嬉しいもぉー」 「へっ?なに……」 「え?ほんとに分かってないの?俺のが奥まで入ってて気持ちいいって言われてるんですよ?あーもうやばい、すんごい見たい」 「んなっ駄目っーー」 「分かってますよぉ見えないからですもんね、分かるけど、いいじゃないですか俺に見えてたって。敬吾さんが乱れてるとこ見れたら俺もう……もっと頑張るのに」 「いいよもう頑張んなくて!十分だから!!」 敬吾があわあわと理性然としたことを言うので、逸はただ腰を突き上げた。 「んぅっ!ーーーー!」 「敬吾さんと、ぐちゃぐちゃにやらしいセックスがしたいんです」 熱で浮かれているが抑えた声で囁かれ、敬吾は一時呼吸も忘れた。 ひたりと止まってしまったその体をまた抱きすくめると、逸が耳元から首筋へと唇で辿っていく。そこを強く吸い上げられるまで、敬吾はぼんやりしていた。 「ーー今じゃなくて良いから。今日は……見るの我慢しますから、敬吾さんはいっぱい感じてくださいね」 「っーーーーー」 また痕を付けると、仕切り直すように優しく敬吾の頭を撫でて逸が笑った。 「じゃあ、続き……しましょう」

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