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立ち位置 3

「敬吾さん、髪洗いましょうか」 「んー、もうちょっと…………」 敬吾の言葉を反芻すればするほど、これ以上締め付けてくれるなと胸が抗議するので逸は斜め向こうに話を変えた。 それでもやはり訝しむでもなく、あまつさえまだ弛緩しようとする敬吾にまた呼吸が詰まる。 相当に努力をして胸を押し開き、悲しげに見えるほどに笑う。 「浸かってていいですよ、俺洗います」 「…………え」 「一回でいいから敬吾さんの髪好き放題手入れしたかったんですよね〜〜」 さすがに不可解そうに振り返った敬吾に逸がふにゃりと笑いかけると、敬吾がそれを天秤にかけた。 そしてそれはやはり楽な方へ楽な方へと傾いでいく。 ーーやりたいと言うなら、いいか。 「……面倒じゃないならいーけど………」 「よっしゃ」 言うなり敬吾に自力で座らせて、逸は浴槽を出る。 そしてなぜか浴室の戸まで開けた。 「えぇ?」 「これをね!」 脱衣所から持ってきた小さいチューブのセットを敬吾に見せる逸の笑顔はやたら輝いている。 「……なに?」 「なんかすげー良いトリートメントらしいですよ!お姉さんのオススメなんでまず間違いないっす」 「え?お姉さん?誰の俺の?」 「もちろん」 平和に間延びしていた敬吾の顔が、俄然がっくりとしかめられる。 「いつの間になかよしになってんのよ……」 面倒なコンビが誕生したものだ、と敬吾は浴槽の縁に突っ伏した。 逸は気にする様子もなく、そのままでなどと言いながら丁寧に敬吾の髪を濡らしていく。 細い髪の毛が濡れて流れると美しいものだった。 「トリートメントって。そんなんいらねーよ……なんなら俺リンスもあんまりしないぞ」 「えっ嘘、リンスって……コンディショナーでしょ」 「リンスだんなもん」 「なんかもう男は黙ってみたいに……つーか、ほんとにシャンプーだけなんですか?それであの髪なの?」 シャンプーを泡立てながら心底不思議そうに逸が訊ねる。 逸は本当に敬吾の髪が好きだ。 柔らかいがコシがあって、真っ直ぐで抵抗がない。 この通り周囲が思うよりは大雑把な御仁だが、そんな扱いをされても寝癖ひとつ見たことがない。 敬吾は自分の腕に向かって頷いた。 「だよ。ヌルヌルしてなんかやだ」 「へー………まあそれで綺麗な髪なんだからまあいいっちゃいいのか……」 世の女性が聞いたら憤慨ものだろう。 不思議そうな顔のまま逸が敬吾の髪に泡を乗せ、優しく頭皮をこする。 敬吾の肩がぴくりと震えた。 「ふ……っくすぐってーよ、弱すぎ」 「敬吾さんの髪傷ませたくないっすもんー」 「お前が今日丁寧にやったって俺明日からガッシガッシ洗うんだぞ。意味ねえから」 「えー、もうー」 仕方なく敬吾が納得する程度で逸も許容した。 こういう奉仕も非常に楽しい。 丁寧に頭を洗われ、雪がれるのは敬吾としても気持ちが良かったーー ーーが。 「なあ……」 「はい?」 「まだか」 「えっ」 いかんせん手順が多い。 一体何をそんなにすることがあるというのだ。 「この体勢疲れんだけど……」 「あっすみません!じゃあ、ちょっと待って……」 敬吾の頭の上でまたがらがらと戸の音がする。 そして。 ーー頭にタオルを巻かれた。 「はいっ、起きて大丈夫ですよ!」 「……………マジかよこれ………」 「ちょっと蒸します」 「蒸すってか……………」 横着せずに、さっさと自分で洗ってしまえば良かった。 敬吾は、心の奥底から後悔していた。

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