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悪魔の証明 16
ーー搬入口に、目障りなほど長身な男が立っていた。
昨夜散々発散したはずの苛立ちが、鮮やかに腹の底から沸き上がってくる。
まさかそれを察したわけではあるまいが男が振り返った。
その口元の煙草を見て、昨日敬吾が漂わせていた匂いはやはりこいつかと逸が奥歯を噛みしめる。
男の眠たげな目が僅かに見開かれた。
「ーー昨日は」
「ーーーーー」
「敬吾さんがお世話になりまして。」
「ーーーーーああーー、」
後藤が苦笑しながら携帯灰皿に煙草を押し込む。
見た目の割に几帳面な男だ。
「……やっぱそうか。敬吾、後輩だっつってたけど」
その後、取り消されたが。
逸の目元が引き攣るのを楽しげに見つめて、後藤はため息をついた。
「なら、尚更謝んなきゃな。昨日敬吾の携帯繋がんなかったから来たんだけどーー」
「ああ。俺が切っといたんで」
逸は後藤の目にはまるで部活にでも出かけていく高校生のように見える。
若々しいその瞳はただただ好戦的で嫌悪と苛立ちにぎらついていた。
怖がらないどころか、こうして牙を剥く人間は自分の見た目からしてあまりいないのだがーーと、後藤はのんきに考えていた。
苛立たないわけではないが、非があるのは全面的に己である。
努めて穏やかに口を聞くが、逸の方は野良犬に水でも打つように容赦なく苛立ちの礫を投げて寄越した。
ーーあの敬吾が本当に、このわんぱくな青年と付き合っているのか?
「そうか……」
「朝になったら好きに戻してくださいっつっといたんで、今日はつながるかもしんないですね。しばらく起きないと思いますけど」
「………………」
後藤は思わず、俯き気味に右手で顔の半分を覆うようにぱんと叩いた。
(すげえな……、敵意むきだし)
独占欲も威圧も牽制も何もかも。剥き出しも剥き出しだ。
後藤は少々笑ってしまう。
「そっか、大分話こじらせたみたいだな。申し訳なかった」
「…………………」
「敬吾にも後でまた謝っとく」
逸が眉間に皺を寄せ、強く目を瞑ってからため息をついた。
自分の手綱を絞るように、ゆっくりと目を開く。
「ーーや、俺が伝えとくんで連絡とんないでくださいよ。あんた何したか分かってんですか?」
「ーーーーー、」
後藤が口を開き、逸の後ろを見て口を閉ざす。
他店の従業員が一人、会釈をしながら通用口へと歩いていった。
「……もちろん分かってる、だから謝りたいんだよ、それすら嫌だって言うなら敬吾がはじけばいいだけの話だ」
「ーー、」
「ちょっかい出したりはもう絶対しねえけど用があれば連絡くらいはするよ?それを聞くかどうかも敬吾が決めることだろ」
「ーーあのなあ」
「君のことが大事なら間違いなく俺を切るだろうし。それでいいんじゃない?」
掬い上げるように、だが真っ直ぐに見つめられて逸は言葉を失った。
気圧されているわけではない、が、妙な迫力のある男だ。
その圧力も視線も真正面から変化なく受け切って、逸は考えていた。この男が何を考えているのかを。
「ーーまあ、今日電話繋がんなかったら諦めるよ。よろしく伝えといて」
「…………………」
新しい煙草を咥え、火を点けながら後藤は逸に背を向けた。
結局は後藤の腹を探りきれないまま。
逸は少しの間そこに立っていて、苛立ちを吐き出すように深呼吸をしてから通用口へと向かった。
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