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彼の好み 2
ーーどうも逸の様子がおかしい。
夕飯を食べ終え、風呂にも入り、別段触れるわけでもない。
が、なんだかんだと敬吾を布団へは行かせない。
何を考えているのか全く分からないがーー
機嫌は良さそうなので、敬吾はあまり深く考えていなかった。
敬吾がそうしてぼんやりとネットニュースなど眺めていると、その肩に逸の腕が回った。
背中から抱き寄せられる。
「敬吾さん」
「んん」
その声が妙に昂揚した色味になっていて、敬吾はまた困ってしまうような訝しいような気持ちになった。
甘えるような、撫で梳くような感触で敬吾の首すじを逸の唇が滑る。
「っ………」
「誕生日、おめでとうございます」
「ーーーーー。ぅえ?」
「ふふ、忘れてたんですか?」
「そっ……か?え?今日かーー」
「そうですよ、ほら」
敬吾の携帯が、ぽつぽつと着信を知らせ始めていた。
思った以上に皆律儀だなーーと、驚いたり面映ゆかったり。
逸は口付けてくるしで敬吾は忙しかった。
恥ずかしくて赤くなっているうち逸に横を向かせられ、唇を合わせられる。
それが、慈しむようでいやらしいようで思考を放棄させられ、溶け始めた敬吾の視線に、逸は微笑んだ。
「でも、携帯見るのまだ待って下さいねー」
「?」
「些少ですが。」
「…………?」
逸がバッグから紙袋を取り出し、その中から包装された小箱を敬吾に手渡す。
大きさの割に重たい箱だった。
「えぇ、まじで……」
「気に入るといいんですけどーー」
逸は困ったように笑っているが、どうも本気で心配しているようだった。
ひとつ断って包装を解き、化粧箱を開く。
鎮座していたのは、淡いが深みのある翡翠色の、無骨なマグカップ。
「ーーおお!えっフレイムキング?」
「え、はいーー知ってました?」
「いや俺好きだよこれ」
「そうだったんですか!?良かったーー……すげー悩んだんですよ、何にしよーかなって」
「そーか……」
安堵したように眉を下げて笑う逸の頭を敬吾が撫でる。
純朴な子供のようだったその表情がふと揺らぎ、躊躇いながら敬吾の手を掴まえ唇を寄せた。
ごく柔らかに唇が離れ、逸は敬吾をそのまま掻き抱こうと一瞬腕を浮かせる。が、堪えた。
「それでですね、敬吾さん」
「ん?」
「これなんですけど」
今度はシンプルなベージュの箱から、逸は照れくさそうにその中身を取り出した。
さっきと全く同じ形の、瑠璃色のマグカップだった。
「自分のも買っちゃいました」
「ふっ、なにしてんだよ」
「考えてみたら敬吾さんちに俺専用のものってないなーって思って……これここに置いていいですか?」
照れくさそうだが素直に微笑んで言われると、敬吾も天邪鬼になりきれない。
小さくくぐもった了承だけを返してやると、それで充分とばかりに逸が破顔する。
見透かされているのが恥ずかしくて敬吾は目先を変えた。
「ーーけどこれ、どっちかっつーとこっちの方がお前っぽくないか?」
「ん?」
「文句言ってるわけじゃねえんだけど、純粋に」
「敬吾さんの好きそうなの選んだつもりなんですけどーー」
「いや、俺もこっちの色のほうが好きなのは間違いないんだけどさ」
「俺もこっちが好きですよー」
「そーか?」
「はいっ」
早速洗おうとカップを運んでいく敬吾の後につきながら、逸は自分のカップを傾けて眺める。
光の撫で加減によっては薄い濡羽色にも見えるこの肌が。
確かに敬吾に似ていると思って自分は選んだのだーーと、頬を緩ませてしまいながら思い返していた。
彼の好み おわり
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