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アクティブレスト 7
幸が歩くどこもかしこも施工途中の建物内は、工具の稼働音や喧騒に満ちていた。
未だ文具店とギフトショップの見分けすらつかない混沌とした中から、その中でも混沌とした品揃えの目的の店をやっと見つけ出し、逸を呼び出してもらうとーーー
「……………………」
幸は呆然としたように目を見開いた。
「? ……さっちゃん?」
「ーーあっ、ごめんごめん。お疲れ様ー」
何も言わない幸に逸が呼びかける。
その逸の顔が、別人かと思うほど普段とは違っていて驚いた。
いつでも機嫌良さそうに上がっている口角は引かれているし、目尻が落ちがちな目元も鋭くなってしまっている。
一見すると怒っているかのようだが恐らくそうではなく、臨戦態勢のようなものなのだろう。
ぴりついて張り詰めきっていて、あの柔和な雰囲気を剥ぎ取ると本来はこういう顔の造りをしていたのかと思うほど。
「大変そうだねぇ、逸くん………」
「やー、もうねー、……うん。」
苦笑を交わし、幸は持っていた紙袋を軽く上げる。
「これ、差し入れですー」
「えっ、いいの!やったーーそろそろ休憩かなって思ってたんだよー」
逸の顔がぱっと明るくなり、その背後で他のスタッフも各々礼と歓声を上げた。
「甘いのとしょっぱいの持ってきたので、好きなの召し上がってくださいー」
ほとんど全員が紙袋のもとに集ったところで幸は逸の腕を引っ張った。
「ん?」
「逸くんのはこれね」
「……?」
「敬吾さんから。あいつはこれが好きって」
「ーーーーーー」
小さなビニール袋を開いて見つめ、後ろを向いて「トイレ行ってくるんで食べててください」と言い、また向き直るまで逸は表情を変えなかった。
逸が歩き始めるに合わせて幸も挨拶をして歩き出す。
「すごい心配してたよ。ちょっと甘えてあげなよ」
「………………うん」
そう言ったきり逸は黙った。
しばらくしてから立ち止まり、幸もニ歩ほど遅れて立ち止まる。
「……ありがとうさっちゃん、もー俺……もーすげー頑張れるーー」
「あはは!いえいえー。ほんと無理しすぎないでよーー」
ノックアウトされたように項垂れて額を抑えていた逸がぱっと顔を上げると、幸のよく知る顔に戻っていた。
擽ったそうに笑う逸に手を振り、幸は帰っていく。
逸は、未完成の大きな吹き抜けを見上げながら座り込んだ。
ジーンズのポケットを探るが、携帯は置いてきてしまったらしい。
今すぐに、こんなにも声が聞きたいのにーー。
圧迫されてしまった胸の内を緩ませるように呼吸を逃し、逸はまた天窓を振り仰ぐ。
よく晴れて、深くも明るい空を無機質なロープやビニールが縁取っていた。
対象的なモチーフではあるがその乖離が美しく、今のうちしか見られないものでもある。
ビニール袋の中からスモークチキンのサンドイッチとエクレアを取り出し、逸はまた顔を綻ばせた。
周囲を見回すと、同じように風景を見ながら小休憩を取る人もぽつぽつと出てきている。
逸は、そのまま一人で敬吾の特別扱いを噛みしめることにした。
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