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襲来、そして 16
テーブルを挟んで腰を下ろし、敬吾はそのテーブルの上に携帯を置いた。
さすがに桜も肩を縮める。
しばしそのまま、無言だった。
「……敬吾といっちゃんに会いたかったのー」
「ならそう言えよ」
「絶対断るもん」
「だからって急に押しかけて自分の子供まで利用すんな」
「えっ!違うよ!!」
「違うか?」
「……………ごめんなさい」
素直に謝り桜が俯くので、敬吾もとりあえずの苛立ちを放棄した。
「岩井にだって迷惑なんだぞ。あんな毎日呼び出して」
「……うん……、でもじゃあ、明日の夕飯までいていい?そしたら帰る」
「いいけど……、明日は岩井いないぞ。なんか用事あるつってたから」
「そっか……」
別段責めたつもりもないのだが、桜はやはり萎れて口をつぐんだ。
敬吾としては言いたいことは言い終えたので、桜が髪を乾かしたら自分も風呂に入ろうか、などと次のことを考える。
その敬吾の表情を盗み見て、桜は内気な少女のように控えめに口を開いた。
「……敬吾ってさー、ちょっと女嫌い入ってるでしょ。半分くらいあたしのせいで」
(いや、8割)
突然何を言い出すのかと思いながらも、敬吾は胸中に訂正しつつ麦茶を飲む。
女嫌いというわけではないが、人付き合い自体がさほど好きでもないのだ。
かと言って大嫌いというわけでもなく、それを重大な問題と思ったこともない。
「彼女出来てもあんま好きそうじゃないしさー、すぐ別れちゃうし」
「好きそうじゃないってなんだよ」
敬吾もさすがに苦笑してしまうが、桜は相変わらずもじもじと深刻そうな顔をしている。
敬吾が訝しげに首を傾げ、具合でも悪いのかと思ったところにまた躊躇いがちに口を開く。
「……ならさー、別に女の子にこだわんなくても、好きな人といたらいいんじゃないと思うんだよね、お姉ちゃん的にはー……」
「ーーーーーー?」
話の流れが読めないこともあるが、それより敬吾は桜が自分を「お姉ちゃん」と呼称したことが気になっていた。
桜の口から、それがこういった響きで紡がれたことはあまりーーいや全く無い。
大概は、お姉ちゃんに逆らうなだとかお姉ちゃんを敬えだとかいう形で使われてきた不穏な言葉である。
訝しむ敬吾を見上げる視線もまた、弱々しいが妙に真摯でーー、まるで、別人を見ているようだった。
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