260 / 280
襲来、そして 17
「……いっちゃんといる時の敬吾が一番、柔らかい感じでいいかなーと、思うんですけど………、お姉ちゃん的には……」
「……敬吾はいっちゃん好きじゃない?」
桜がぽつりぽつりと落とすようにそう言うのを、敬吾は呆然と見つめていた。
ーーなぜそんな声で。
ーーなぜ、このタイミングで。
溢れてしまいそうに、なっている時にーーー
「好きじゃないってことないけど………」
困りきってしまったような敬吾の顔を見つめながら、桜はそれに逸の顔を重ねていた。
自分に構われている時の、困ったような笑顔。
気づくと敬吾を目で追っていて、その瞳が切なそうなこと。
あの年齢には似つかわしくないほど、愛おしげで優しい眼差しで敬吾の横顔を見ていること。
あんな風に敬吾に接する人間は、見たことがなかった。
優しく、頼られやすい弟は皺寄せをくらいやすくてーー包容されることに恵まれなかった。
それを許容できる器があるからだと喜ばしく見る向きもあったが、それでも本来は庇ってやるべき立場の自分ですらも、そうしてこなかった。
ーーその、理不尽を疎んじない強い弟に桜は今、与えられて欲しいと思っていた。
愛情だとか、庇護だとか、そういう優しくて柔らかいもの。
強張りや冷たさのない、もっと積極的な何か。
他の誰かを頼むのはそれこそ身勝手も甚だしいが、自分ではきっと補えない。
敬吾を包むのに、桜の持つそれは少々力不足と自覚していた。
努力や愛情の不足だとかではなくーー恐らくそもそも役者が違うのだ。
子を宿し、ここへ来て、敬吾と過ごし、逸と過ごしてーー自分に足りない、敬吾に必要なものを願い、桜は逸にそれを望んでいた。
ともだちにシェアしよう!