279 / 280
逃亡、降伏 4
「ーーーーーお、おう……」
油が切れたような動きで振り返りながら敬吾が言うと、逸は実ににこやかな笑顔を向けてみせた。
引き攣り放題の敬吾の笑顔とは雲泥の差である。
「大学、もういいんですか?」
「あ、うんーー」
逸の向こうで友人らしき集団が逸を呼ばわっている。
敬吾に聞こえているのだから逸に聞こえないわけはないがーー呼ばれ続けている当の本人は、相も変わらずにこにこと敬吾を見るばかり。
「ーーよ、呼んでるぞ……?」
「そうですね」
「そうですねって……」
笑っているだけで決して優しくはない逸の顔が、また少し翳ったようになる。
「敬吾さん帰ります?」
「あ、ーーいや、まだ……」
「正直に言ってくれないと」
今度こそは、伝わってくる空気と何ら差異のない冷たい顔になって逸が言った。
「こっから手ぇつないで帰りますよ」
「……………………」
ーートレイを片付けている間。
敬吾は逸が何事か言って連れ達から大ブーイングを受けるのをどんよりと聞いていた。
ともだちにシェアしよう!