5 / 23

第5話

 俺のシャツを鷲掴んで引き裂くような乱暴さで左右に開く。その拍子に、残りの前ボタンがブチブチと音をたてて弾け飛んだ。  晒された首筋をべろりと熱い舌で舐めて味わい、満足そうに喉を鳴らす。  己の定めた獲物をベッドに沈ませ、当然の権利とばかりに支配する。  その姿は、まさにαの性そのものを体現していた。 「嫌だ…薫、やめてくれ」 「……すぐに良くなる」 「いやだ…」  あえぐような懇願を、この世で一番近くにあって俺を魅了し続けてきた瞳が残酷に、しかしそれ以上の甘さを滲ませて一蹴する。 「だめだ」  ――夏の、あの日に感じた絶望がまたもや(よみがえ)る。 「かおる」  情けなくも声が震えた。  何に(すが)るのか、自分でもわかっていなかった。  薫はαで、俺にとって親友でライバルで同志であり、――何ものにも代えがたい大切な存在だった。  そのすべてが、他でもない薫自身の手によって踏みにじられようとしている。  ――俺がΩだったばっかりに…。  それがたまらなく痛かった。 「…………だめだ。きっと、おまえがαなら、俺はその願いを聞き届けただろう。おまえが望む通りに出来ただろう。だが、――他のαにおまえをくれてやる気は毛頭ないんだよ。考えただけで虫唾が走って、想像だけで相手を殺したくなる」  口調は静かだったが、語られたその内容の激しさに絶句した。 「おまえなら、どうなんだ? たとえば、俺がΩで、おまえがαだったら? ……おまえは許せるのか」 「――ッ」  その言葉が俺に与えた衝撃は大きかった。思いがけない発想の転換に、霞がかっていた頭を殴られ、急に目が覚めた気になる。  許せない――。  絶対に、許せるわけないと、そう…思ってしまった。  言葉を失った俺の顔を見て、薫はどこか得意げに笑う。 「ようやくわかったか」  その笑みに反発心は湧いたものの、悔しいことに自分の中のどこを探しても、反論できる言葉は見つけられなかった。  ……俺は、薫を、受け入れた。  見慣れた薫の唇が、俺の肌を這う。  その唇が言葉を紡ぐために動き、笑みを形作り、ときに引き結ばれ、ときに悔しげに歪むのを誰よりも間近で見てきた。……だが、それが与える感触だけは、今この時まで知らなかった。  指先が、敏感な箇所をくすぐるたびに、大げさに反応をしてしまう自分の躰に羞恥する。  恥ずかしさと熱によって汗ばむ肌に、親友が躊躇いもなく触れる姿が、どこか現実離れしていて、受け入れた気になってはいても、やはり抵抗感は消えてはくれなかった。 「薫、腕、外してくれ」 「だめだ」  ……さっきから、こいつは「ダメだ」しか言わない。  なんでもかんでも駄目だしされて、さすがにむっとする。 「おい!」 「……おまえ、土壇場になって逃げだしそうだから」 「――逃げたりなんか、しない」  ……おそらく。 「却下。……迷っただろ、今」 「……」  伊達に幼い頃から長年付き合っていない。  俺の感情がまだ振り子のように頼りなく揺れていることなど、お見通しなのだろう。

ともだちにシェアしよう!