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第5話
俺のシャツを鷲掴んで引き裂くような乱暴さで左右に開く。その拍子に、残りの前ボタンがブチブチと音をたてて弾け飛んだ。
晒された首筋をべろりと熱い舌で舐めて味わい、満足そうに喉を鳴らす。
己の定めた獲物をベッドに沈ませ、当然の権利とばかりに支配する。
その姿は、まさにαの性そのものを体現していた。
「嫌だ…薫、やめてくれ」
「……すぐに良くなる」
「いやだ…」
あえぐような懇願を、この世で一番近くにあって俺を魅了し続けてきた瞳が残酷に、しかしそれ以上の甘さを滲ませて一蹴する。
「だめだ」
――夏の、あの日に感じた絶望がまたもや甦 る。
「かおる」
情けなくも声が震えた。
何に縋 るのか、自分でもわかっていなかった。
薫はαで、俺にとって親友でライバルで同志であり、――何ものにも代えがたい大切な存在だった。
そのすべてが、他でもない薫自身の手によって踏みにじられようとしている。
――俺がΩだったばっかりに…。
それがたまらなく痛かった。
「…………だめだ。きっと、おまえがαなら、俺はその願いを聞き届けただろう。おまえが望む通りに出来ただろう。だが、――他のαにおまえをくれてやる気は毛頭ないんだよ。考えただけで虫唾が走って、想像だけで相手を殺したくなる」
口調は静かだったが、語られたその内容の激しさに絶句した。
「おまえなら、どうなんだ? たとえば、俺がΩで、おまえがαだったら? ……おまえは許せるのか」
「――ッ」
その言葉が俺に与えた衝撃は大きかった。思いがけない発想の転換に、霞がかっていた頭を殴られ、急に目が覚めた気になる。
許せない――。
絶対に、許せるわけないと、そう…思ってしまった。
言葉を失った俺の顔を見て、薫はどこか得意げに笑う。
「ようやくわかったか」
その笑みに反発心は湧いたものの、悔しいことに自分の中のどこを探しても、反論できる言葉は見つけられなかった。
……俺は、薫を、受け入れた。
見慣れた薫の唇が、俺の肌を這う。
その唇が言葉を紡ぐために動き、笑みを形作り、ときに引き結ばれ、ときに悔しげに歪むのを誰よりも間近で見てきた。……だが、それが与える感触だけは、今この時まで知らなかった。
指先が、敏感な箇所をくすぐるたびに、大げさに反応をしてしまう自分の躰に羞恥する。
恥ずかしさと熱によって汗ばむ肌に、親友が躊躇いもなく触れる姿が、どこか現実離れしていて、受け入れた気になってはいても、やはり抵抗感は消えてはくれなかった。
「薫、腕、外してくれ」
「だめだ」
……さっきから、こいつは「ダメだ」しか言わない。
なんでもかんでも駄目だしされて、さすがにむっとする。
「おい!」
「……おまえ、土壇場になって逃げだしそうだから」
「――逃げたりなんか、しない」
……おそらく。
「却下。……迷っただろ、今」
「……」
伊達に幼い頃から長年付き合っていない。
俺の感情がまだ振り子のように頼りなく揺れていることなど、お見通しなのだろう。
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